2011年09月20日

人生で大切なことは全て図書館で教わった

としょかんライオン (海外秀作絵本 17)としょかんライオン (海外秀作絵本 17)
ミシェル・ヌードセン 作 ケビン・ホークス 絵
福本 友美子 訳

岩崎書店 2007-04-20

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物心ついて以来、少なくとも週に一度は図書館に通う生活を続けている。
そんな私にとって、もはや図書館は第2の家と言っても過言ではない。
実際、私はたぶん、人生で大切なことは全て図書館で教わったのだと思う。

幼い頃、両親は家業に忙しく私は一人で遊ぶことが多かった。
兄弟と遊ぶより、一人で図書館へ行く方が好きだった。
騒がしい家よりも、シーンと静まりかえった図書館の方がよほど心地よく過ごせた。
特に、館内の一角の、カーペット敷きで一段高くなっていて、大人の腰の高さほどの書架でぐるりと囲まれた絵本コーナーは、どんな場所よりも心安らぐ安全地帯だった。
そのささやかな囲いが、現実世界の面倒や悲しみや怒りから私を守ってくれる気がして、
私は来る日も来る日も通いつめては、お気に入りの絵本を抱えて片隅に陣取っていた。続きを読む
posted by えほんうるふ at 15:23 | Comment(6) | TrackBack(0) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月23日

熱中症予防にも?夏の必携絵本

ありとすいか (名作絵本復刊シリーズ)ありとすいか (名作絵本復刊シリーズ)
たむら しげる

ポプラ社 2002-03

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子どもの頃、好物を聞かれると間髪を入れずに「すいか!」と答えていた。
夏の食事はすいかだけでいいと思っていた。大きくなったら自分で丸ごと買って、半分に切って皿に載せ、顔を突っ込む勢いでスプーンですくって一人で全部食べるのが夢だった。
そして忘れもしない高1の夏、バイト代を握りしめて近所のスーパーへ。
長年の夢はあっけなく実現したが、大玉のすいかは1/3個を食べるのがやっとだった。
しかもその日の午後からトイレから離れられなくなり、結局夜には正露丸のお世話になった。
あの日以来、憑き物が落ちたように私のすいか偏愛は鳴りを潜めるようになった・・。

すいかなら何でも良かった昔とは違い、今の私は「すいかと言えども、量より質!」だと思う。
そんな私が考える目にも舌にも美味しいすいかとは、「果肉は一様に真っ赤で種は真っ黒で、外皮と果肉の境目がスッキリと清々しく分かれていて、ジューシーだけれど決して水っぽくはなく、歯応えはあくまでもシャキッとしていて、畑の匂いが感じられるほど風味はあるがベタベタと甘すぎないもの」である。
実際にはなかなかここまで我が儘な希望を叶える理想のすいかには出会えないのだが、まさに120点をあげたくなるような完璧なすいかが、絵本の中にならある。続きを読む
posted by えほんうるふ at 11:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | よだれが出る絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月31日

プロフェッショナルの世界をのぞく

しごとばしごとば
鈴木 のりたけ

ブロンズ新社 2009-03
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既に親しい人にはお伝えしているとおり、先月から都内の某玩具店で見習い店員をしている。
以前から自宅用・贈答用によく利用していた店で、個人的な趣味の関わりで店長やスタッフとも面識があったこともあって、タイミングがあったところでスムーズに勤務開始となった。
アルバイトとはいえ外へ働きに出るのは久々なので、日常生活のリズムをWMモードにするのに少々手間取っているが、今のところ大きなトラブルもなく家族の応援のもと楽しく働いている。

玩具屋勤務というと何やら楽しくもカオスな職場を想像してしまいがちだが、実際の仕事場は私の想像以上に整然としていて感心したものだ。
私は飲食業や流通業などそこそこバラエティに富んだ職場でのアルバイト経験があるが、表向きの店内は美しく整えられていてもバックヤードは雑然としていて衛生的にもどうかと思うような状態で、とてもではないがお客様に舞台裏は見せられない、という職場が少なくなかった。
その点今の職場は、例えば近所の小学生が突然「憧れのしごとば見学」に来ても余裕で迎えられるぐらい、常に清潔であり仕事道具も整備されている。それは経営者の姿勢の表れということもあるだろうが、玩具店ならではの細かい在庫を管理する以上、普通以上に整理整頓に心を配って管理しなくては忽ち収拾が着かなくなるという、シビアな職場事情も垣間見えるような気がした。

いずれにしろ、職場というものは外から見たイメージと内情が異なるものである。入ってみないと分からないそのギャップを経験するのも興味深いものだが、各業界のプロの仕事人ならではの専門的な仕事道具の数々との出会いもまた、非常に楽しいものである。続きを読む
posted by えほんうるふ at 22:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 実用的な絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月21日

親の幸せ 子の幸せ

だるまちゃんとてんぐちゃん(こどものとも絵本)だるまちゃんとてんぐちゃん(こどものとも絵本)
加古 里子

福音館書店 1967-11-20

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気がつけば私の親業歴も早や13年目。
普通、10年以上も同じ仕事をしていれば多少は経験値も上がり、一般企業ならば中堅社員と呼ばれても良い頃だろう。
しかし、育児という仕事に限っては、10年やそこらの経験なんぞペーペーのヒヨっ子らしい。
むしろ年々こちらの体力の衰えと反比例して行動範囲を広げていく子ども達に、日を追う毎に難易度の上がる問題を投げかけられ、経験者の余裕など微塵もない。
まさに育児は育自。そんなわけで私は今日も試行錯誤と反省と学びの日々である。

学生時代に何ら育児や教育に関する専門的な勉強をしてこなかった自分にとっては、仕事の参考書と言えば、いわゆる育児書と呼ばれる書籍であった。
もともと読書好きで好奇心旺盛な自分は、それこそ図書館の関連コーナーの棚を端から制覇する勢いで、ありとあらゆる育児書を読みまくったものだ。

その中で、私のお気に入りとなったのはこの二つ。
松田道雄先生の「育児の百科」と佐々木正美先生の「子どもへのまなざし」シリーズである。
前者は読み物としても面白い総合的な育児書。子どもの発育に沿って時系列に記述された内容がとても詳しくて面白い。また索引機能が素晴らしく、特に子どもが意思疎通の出来ない乳児の頃には大変お世話になった。出産祝いに何冊贈ったことか。
後者は、もう少し後になって、言葉で自己主張をするようになった子どもとのコミュニケーションに悩み出してから出会い、その内容に感動して以来私の育児の指針となってきた本だ。

佐々木式育児(?)の基本はずばり、過保護のススメである。(その名の通りの著書もある。)
赤ちゃんが泣いたら即、おむつだおっぱいだと要求を察して満たしてやるのと同じように、できれば2歳ぐらいまでは、子どもが望んだことを、ひたすら何でも望んだとおりにかなえてあげることを勧めている。
そんなことしたらとんでもなく我が儘な子どもになってしまいそうな気がするが、それは逆だという。子どもが望んでいないことを親が勝手に押しつける過干渉は良くないが、子どもが本当に望んでいることだったら何をどれだけしてやっても大丈夫。むしろ、そうやって乳幼児期にしっかりたっぷり依存経験をさせてやることで、子供自身が親に愛されていることを実感でき、時が来ればかえってすんなりと自立していくものだと説いている。

この素晴らしく愛にあふれた教えに感動して、さっそく我が家の育児でも実践しようとした私だったが、これがもう信じられないぐらい大変なのである(爆)。
そもそも私自身が幼い頃から親に甘えを拒絶されていたこともあり、子どものちょっとした甘えが、どうしても我が儘に思えてしまって全面的に受け入れることができない。
つまり、子ども甘える→一部叶えてあとは却下→子ども怒る・反発する→結局叱る→子ども拗ねる→親落ち込む、とまあ、だいたいこんな感じでループするのが常であった。

佐々木先生の教えは素晴らしいが、果たしてそれを本当に実践できる親なんているんだろうか?
と思っていたら、いたのだ。絵本の中に(笑)。
今日の絵本「だるまちゃんとてんぐちゃん」の中で、愛息だるまちゃんの我が儘な要求をひたすら叶えてあげようと奔走しまくる父親。彼こそが佐々木式育児の理想的なロールモデルである。

何しろこの父親だるまどんは、「友達の持っているものと同じ物が欲しい」などという、わかりやすい子どもの我が儘にとことんつきあってやる激甘オヤジである。
そんな父親の精一杯の提案に対し、「こんなんじゃヤダ」とあっさり却下するという暴挙に出るだるまちゃん!
ここで私なら早々にテメエいい加減にしろよ!とキレること間違いなしだ。
ところがだるま父はだるまだけあって七転び八起きの精神で愛する息子の笑顔の為に手を尽くす。
息子の笑顔、それこそが我が喜び!とばかり、嫌な顔ひとつせず再提案を繰り返すのだ。

やがて父親の労の甲斐あって、だるまちゃんはようやく「これならアイツに勝てる!」という逸品をゲットし、てんぐちゃんにドヤ顔で披露しにいく。
そして夢に見た友達からの「きみのがいちばん」の言葉を得て大満足、めでたしめでたし。
恐らくこの時だるま父も、息子の満面の笑みを取り戻した達成感に心酔しているはず。
子どもの幸せこそが親の幸せ、という理想的な親子関係が伺える完成度の高い絵本である。

ちなみに自分は一読して無理。と思ったクチだが、それでもこの眩しいほどの親の愛と、幸せ一杯のエンディングに、早々に挫折した佐々木式育児の成功例を見た気がして感慨深かった。

親であることの幸福は、子どもを幸せに出来る幸福にあるとおっしゃる佐々木先生。
条件付きでない愛を、と先生は言うが、多分私はそれを全うできるほど出来た親ではない。
それでも私はその後も、自分の中の鬼母と葛藤しつつ毎日の親業を続けている。
だるま父の境地には程遠くても、子どもの笑顔は私にとっても何よりの宝物だからだ。


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2011年05月31日

突発的ノマドワーキング

やまのかいしゃやまのかいしゃ
スズキ コージ 片山 健

架空社 1991-04
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東京を東西につなぐJR中央線とほぼ並行して走る私鉄京王線。
そのほぼ中間地点からやや西よりの多摩地区に生まれ育った私にとって、
電車の行き先とは「街行き」か「山行き」のどちらかであった。
街とはつまり新宿で、それは幼い私にとって憧れの都会であった。
山とはつまり高尾山で、小中学校時代、登山と言えばこの山に登ることだった。

やがて成長して社会人となった私は、その京王線に乗って街の会社に通勤するようになった。
最寄り駅のホームは線路を挟んで行き先別に向かい合っていた。
春先や秋の行楽シーズンになると、向かいのホームに到着する列車の車内に、
リュックを背負った小学生や中高年の団体のご機嫌な様子が見えることがあった。
慢性的に睡眠不足だった当時の私には、登山は少々ヘビーなレジャーに思えたが、
それでも車窓越しに見える彼らの浮き足だった様子を羨ましく思ったものだ。

今日の絵本は、あの時の私の気持ちをそのままお話に描いたような内容だ。
会社に向かう通勤電車に乗ったはずが、何故か反対方向の電車に乗ってしまったほげたさん。
そもそも遅刻常習犯らしい彼はやたらと諦めがよく、焦る様子もなく成り行き任せに終点へ。
山奥の駅に辿り着き、偶然出会った同僚のほいさくんも道連れに、当たり前のような顔をして
「やまのかいしゃ」に出勤してしまうのだ。
もちろん仕事にならないが、お構いなしに社長まで呼びつける。
さすがそんな彼を雇っているだけあって変わり者なのか、無断欠勤ならぬ無断異動をしたヒラ社員に呼ばれるまま、社長もほいほいと部下を引き連れて街から山へやってくるのだった。
そして社員もろとも郊外社屋生活を満喫する様子が描かれるものの、当然ながら全然儲からない!
ということに賢い社長が気がつく(笑)。
そこであっさり撤退するかと思いきや、何故か「やまのかいしゃ」事業部は営業続行。
おまけにどう見ても仕事の出来そうもない例のおとぼけコンビに全運営を任せてしまうという、
まさかの展開。
大物過ぎる社長の仰天経営に、この先の社運やいかに・・??


ああ、なんて楽しい絵本だろう。これぞ大人のためのファンタジーだ。
何といっても、アホアホ社員のほげたくんが大失敗で失業するどころか、ちゃっかりサテライトオフィスの長に収まるというハッピーエンドにつながっているのが何とも嬉しい。

あの頃、もし私がこの絵本に出会っていたら、きっと一度は向かいのホームに立って、
スーツのまま登山客に混じって下り電車に乗り、子供じみた冒険をしていたかもしれない。
どうせ会社を辞める覚悟があるなら、一度ぐらいやってみれば良かったと今でも思う。
近いうちに子ども達と一緒に高尾山に登ってみようと思っているのだが、
向かいのホームから車内の楽しげな私たちを見て、スーツ姿の通勤客の誰かが思い切った
(血迷った?)冒険に出るかもしれない・・・そんな想像をするのも楽しいものだ。

全体のストーリー展開もさることながら、所々に散りばめられた小ネタの一つ一つがまた面白く、
まさに突っ込みどころ満載のこの絵本。
残念ながら現在は絶版中だが来年復刊されるという情報もあるので、
図書館でも入手できなかった未読の方はどうぞお楽しみに。


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2011年05月01日

言ったもん負け

きはなんにもいわないの (学研おはなし絵本)きは なんにも いわないの (学研おはなし絵本)
片山 健

学習研究社 2005-09

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今からちょうど2年前、息子が小学2年生にあがった頃のことだった。
3つ上の長女の低学年時代と比べて、どうしてこうもストレスフルな毎日なんだろう?!と思い悩んでいた私は、藁をも掴みたい気分で図書館の育児書コーナーを総ざらいしていた。
その中の一つ、平井信義氏の著書の中に、「無言の行」のすすめが載っていた。
なんのことはない、子どものやることに対し、手も口も出さずにひたすら見守るべし、という至極シンプルな教えである。
ああ、なんと美しく平和な解決法であろうか。
これだ!と思った私は、早速そこらのチラシの裏に一言大きく「行」と書き記し、リビングの目立つ所に貼って実践することにした。

ところが、これが恐ろしく難しかった。あれもこれも、言わずにはいられない。いざ言わないことを自分に課すと、日頃どれだけ自分が息子に対し朝から晩まで小言と指示ばかり言っていたのかを思い知った。
言いたい、言えない、言いたい、言わない、言いたい、言いたい、言いたい・・・・
ええい、これが言わずにいられるかー!
そんな調子で小言の回数が減った分、積もり積もっての大爆発が増えるという本末転倒な日々。
むしろ親子共にストレスが倍増したような気すらして、暗澹たる思いがした。

そんなある日、その驚異の偉業を軽やかに実践する親の姿が描かれていた絵本を見つけた。
それが今日の絵本「きは なんにも いわないの」である。
内容はもうタイトルそのまんまである。
ある日息子に「ねえ おとうさん きに なって。」と言われた父親は、木になってみせる。
木だから、息子が何を言おうと何をしようと、何にも言わずに立っている。
例え我が子が助けを求めても、ひたすら「きは なんにも いわないの。」
誰が来ても来なくても、犬におしっこかけられても、やっぱり「きは なんにも いわないの。」
清々しいほどに、ひたすら無言、ひたすら受け身。
しかしそこにはあの「無言の行」のような焦燥感は微塵も感じられない。
木は終始穏やかな表情を浮かべたまま、のんびりと腕を広げてただ立っている。
そんな木を子どもは愛し、信頼し、支えとしながら経験を積んで前へ進んでいく。

私がこの絵本を初めて読んだのが、息子への「無言の行」に苦戦している真っ最中だったというのは、偶然にしては出来過ぎな出会いだろうか。(こういうことが時々あるせいで、私は自分と絵本との特別な関係をつい妄想してしまうのだ。)
一読して唸り、はぁ・・とため息。そしてもう一度、またもう一度と読み返した。

ああ、私もこんな木になれたら、どんなにいいだろう。
今のこの我慢大会のような親子関係も、どんなにか平和になることだろう。
分かっちゃいるけど、多分今の私には、ほぼ無理。
親がそこまで成長する前に、子どもの方が親離れしてしまうような気さえする。

ただ、これはやはりお父さんの絵本だよなーと思ったりもした。
同じ木でも、父親スタンスと母親スタンスではその在りようが大違いだ。
母親目線の木の代表格が、かの有名なシルヴァスタインの「おおきな木」に出てくる「ひたすら与えまくる木」だ、と言えばその違いが分かりやすい。

そういえば夫は、私が突然壁に「行」と張り出して、息子相手に意地の張り合いをしているのを見て「なんだかなー、俺なんかいつも普通にそんな感じだけどね」と笑っていたっけ。
何となくその余裕っぷりにイラっと来たが認めざるを得なかった。
だがしかーし!我が夫の場合は平井先生のように崇高な思想のもとにそれを実践しているワケではなく、単純にそこまで気が回らない、気がつかない故に気にならない、というのが真相であることを、妻はちゃーんと知っている・・・。

さて、あれから2年。息子と私は「無言の行」の実践でお互いに成長することができたか?!
答えはもちろん否である!
別に無言の行を諦めたわけではない。むしろできることなら、なにも言わずにすませたい。
それでも言わずにはいられないのがダンスィ育児のイバラの道。(涙)
たった2年で何が変わろうか・・・
まあいいさ、歩みは遅くとも少しずつ親も子も成長しているはずだ。
少なくともガミガミかーちゃんとニコニコとーちゃんがセットならバランスが良かろう。
何だか損な役回りを引き受けているような気がしないでもないが、多分気のせいだ。


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posted by えほんうるふ at 01:32 | Comment(8) | TrackBack(0) | オトナが地団駄を踏む絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月19日

リスト片手にお買い物

ベーコンわすれちゃだめよ! (ハッチンスの絵本)ベーコンわすれちゃだめよ! (ハッチンスの絵本)
パット=ハッチンス作/わたなべ しげお訳

偕成社 1977-09

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今までの私にとって「買い物リスト」とは、買い忘れを防ぐためのチェックリストというより、
むしろ、余計なものを買わない為のお守りのようなものだった。
「リストに載っていない物は買わない」というシンプルなルールを自分に言い聞かせつつ、いざお買い物へ出発。
たちまち目に入る「お買い得」「本日限定」「特価」「セール」の文字、文字!
あの鉄則はどこへやら、ついつい手が伸び、気がつけば予定よりも何故か重いカゴを持ってレジ前に並んでいるのが常だった。

ところが今、買い物リストを手にスーパーに行ったところで、リストアップした品物が全て手に入るとは限らない。
震災直後の物流の混乱はだいぶ落ち着いてきたとはいえ、今なおスーパーや小売店の棚には空きが目立つ。購入数に制限のあるものや、入荷産地やメーカーが以前とは全然変わってしまったものも少なくない。
それでも何かしら手にはいるだけありがたいと思い、見慣れぬパッケージや産地の表示に目を白黒させつつ、それなりに楽しく買い物してしまう私なのだった。
そんな買い物大好き人間なら誰もがきっと面白く思うのが今日の絵本。続きを読む
posted by えほんうるふ at 23:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 笑える絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月31日

闇夜の電信柱

月夜のでんしんばしら (ミキハウスの宮沢賢治絵本)月夜のでんしんばしら (ミキハウスの宮沢賢治絵本)
宮沢 賢治 作/竹内 通雅 絵

三起商行 2009-10

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震災の影響で電力が不足し、首都圏で持ち回りの停電が実施されるようになった。
「計画停電」というその言葉にどこか国家的な圧力を感じるのは私だけだろうか。
実際のところ、想定外の事情があるとはいえ、一企業から突然通告され、有無を言わさず実施された
このとんでもないサービス低下に対し、長年の顧客であるはずの私たちにそれを拒否する道はない。
理不尽を承知で従うしかなく、それどころか、さらなるサービス低下を防ぐために、
顧客同士が協力を呼びかけあってこの企業の窮地を支えるという妙な事態になっている。

宮沢賢治の「月夜のでんしんばしら」が収録された童話集「注文の多い料理店」が出版されたのは大正13年。
奇しくも、関東大震災の翌年である。
鉄道の電化・東京駅の開業から約10年を経た当時の鉄道事情を想像するに、
市井の人々はその夢のような技術とパワーとに感嘆し、誰もが憧れを抱いたことだろう。
ましてその夢を牛耳る電力会社のお偉いさんともなれば、
国民的英雄として人々に崇められていたとしても不思議はない。続きを読む
posted by えほんうるふ at 23:33 | Comment(2) | TrackBack(0) | ハラハラする絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月30日

ナンセンスに救われる

みみずのオッサン (絵本・こどものひろば)みみずのオッサン (絵本・こどものひろば)
長 新太

童心社 2003-09

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東北沖の大地震に伴って発生した福島第一原発の事故。
その復旧作業は困難を極め、ニュースで続報を見聞きする度に、事態の深刻さに言葉を失う。
間違いなく、これまでの私の人生において今が一番生命の危機に近い「有事」のはずなのだが、
よほど平和ボケしていたのか、テレビに映る現地の状況やニュース解説者の深刻な面持ちを見ても
今そこにある危機としての緊迫感が、今一つわが身に迫ってこない。

あるいは、この事態をシリアスに受け止めるとパニックを起こしかねないからと、
無意識に自分の思考力にブレーキをかける力が働いているのだろうか。
直接被害にあったわけでもない私が、いい年して思考停止で理性を保つとは情けないが、
こんな時こそ大人にもファンタジーの癒しが必要なのだと実感する日々でもある。続きを読む
posted by えほんうるふ at 10:39 | Comment(4) | TrackBack(0) | 元気が出る絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月27日

私に今できること

百年の家 (講談社の翻訳絵本)百年の家 (講談社の翻訳絵本)
J.パトリック・ルイス作/ロベルト・インノチェンティ絵/長田 弘訳

講談社 2010-03-11
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3月11日(金)に発生した東北地方太平洋沖地震により、被害にあわれた皆様に心よりお見舞いを申し上げます。
そしてまた、この地震によって尊い命を失われた方々のご冥福をお祈り申し上げます。


未曾有の大地震から2週間が経った。
大津波に火災、原発事故・・次々と起こる連鎖災害に、人々の生活は今なお脅威にさらされている。
初めて経験する大災害のカオスの中で、誰もが先の見えない不安を抱いて生活している。
もちろん私も、被災地を支える側の人間として、また、まだ手の離れない子どもたちを守る親として、
手探りの情報収集と思案と選択を繰り返す日々が続いている。

それでも、このことは、これまでのほほんと生きてきた私にとって、
今後の己の生き方を改めて問い直すきっかけとなった。

被災地の為に今の私にできることと言えば、義援金や支援物資の提供ぐらいしかない。
あとはとにかく冷静さを保ち、自宅での節電・節物資の生活を心がける一方、
過度の消費活動自粛で懸念される日本経済の共倒れに抵抗すべく、
外食等のサービス産業を普段より積極的に利用するぐらいだろうか。

だから春休みの家族旅行も、結局キャンセルせずに予定通り決行した。
ただ当初の予定と違っていたのは、私がその旅の荷物の中に、数冊の絵本を忍ばせてきたことだ。
この間に、私が今こそ改めて読みたい、読んでほしいと思った絵本を紹介できたらと思っている。続きを読む
posted by えほんうるふ at 23:27 | Comment(2) | TrackBack(0) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする