2013年06月18日

父の記憶

うさこちゃんとうみ (1才からのうさこちゃんの絵本セット1) (子どもがはじめてであう絵本)うさこちゃんとうみ (1才からのうさこちゃんの絵本セット1) (子どもがはじめてであう絵本)
ディック ブルーナ

福音館書店 2000-12-01

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誠に残念なことに、私は父親に娘として可愛がられた記憶が無い。
いや、父親がいなかったわけではない。ちなみに今でも健在である。
自宅で商売をしていたので、仕事で不在がちだったというわけでもない。
ただ、たまたまその人に、血を分けた我が子を特別に愛でるという発想がなかっただけだ。

なにしろ、父との思い出で一番古い記憶と言えば、こんなものだ。→続きを読む
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2013年05月19日

ギャップ萌えの衝撃

パイルドライバー (fukkan.com)パイルドライバー (fukkan.com)
長谷川 集平

復刊ドットコム 2004-03-01

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少し前、大人絵本会の仲良しさんが企画してくれたカラオケオフに参加した。
もともとツイッターだけで繋がったバーチャルな御縁だったはずなのに、
やたらと活発にオフ会が企画されるのが我が大人絵本会の意外な特徴なのだが、
カラオケオフという形でお互いに歌を披露したのは、意外にもこれが初めてだった。

いやー、楽しかったっす!!
同年代が多いので、似たような選曲で固まるかと思いきや、異様に広いレパートリー。
それでいて、「この曲いいよね〜」と思わず聞き惚れてしまう懐かしの名曲への思いは
シミジミと心通じ合えるところがまた、なんとも心地よいメンバー構成なのだった。

そして何より私が、これは非常に面白いな〜と密かに感心していたことは、
歌う姿を初めて見ることで、それぞれの仲間の印象が改まり新鮮に思えたことなのだ。
→続きを読む
posted by えほんうるふ at 18:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 目からウロコが落ちる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

きっと、いつかまた蘇る

なおみ (日本傑作絵本シリーズ)なおみ (日本傑作絵本シリーズ)
谷川 俊太郎 作  沢渡 朔 写真

福音館書店 2007-10-10

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幼い頃、時々泊まりがけで遊びに行った母方の伯父の家には、市松人形がいた。
寝室の婚礼ダンスの上で、ガラスケースの中から静かに私を見下ろしていたその人は、
幼い私を怯えさせるに十分な貫禄があり、私は一人でその部屋に入ることができなかった。
でも、夜はその部屋に親や兄弟と一緒に寝ることになっていたので、
一生懸命、そっち方向を見ないように布団をかぶって寝たのを覚えている。

後に、この「なおみ」という絵本に出逢ったとき、私は真っ先にあの人形を思い出した。
不思議と「怖い」というより「懐かしさ」に近い感情が心に浮かび、
そのことに自分で驚いた。
私はあの人形にいくらかでも親近感を持っていたのだろうか?→続きを読む
posted by えほんうるふ at 21:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 怖い絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月04日

おおかみが泣いた日

やっぱりおおかみ (こどものとも傑作集)やっぱりおおかみ (こどものとも傑作集)
佐々木 マキ

福音館書店 1977-04-01

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私は泣いたことがない。
いや、私も人並みに映画や本に涙を流したことはいくらでもあるのだが、
卒業式だとかお葬式だとか、周りの人がガンガン嗚咽しまくっているような場に限って
何故か妙に落ち着いてしまい、涙が出てこなくなるのである。
泣くに泣けないクールな自分を持てあましては、しおらしく嘘泣きを目論見、
目頭をハンカチで押さえてごまかしたことは数知れず・・。

そんな私が昨日、その場の誰もが泣くどころかむしろニコニコと笑っている状況で、
ただ一人、号泣しながら積年の想いを語るということを経験してしまった。
自分でも想定外の事態で正直焦ったが、流れ落ちる涙はどうにも止まらなかった。


いったい何があったのかというと、
私が3年前に始めたtwitterの大人絵本会つながりのご縁で、
元福音館書店の編集者である関口展さんにお会いできたのである。
正確には、関口さんの講演会を企画された茅野市の今井書店の高村店長が、
「関口さんに、是非えほんうるふを紹介したい」と直々にお声掛け下さったのである。

なんということだろうか。
関口展さんは、「えほんうるふ」と「オトナノトモ」が生まれるきっかけとなった
私にとって人生で一番大切な絵本、「やっぱりおおかみ」を担当した名編集者さんなのだ。
しかも、講演のタイトルが「僕が好きな評判の悪かった絵本」とは心憎い。
もうそれだけでドキドキワクワクで、すっかり舞いあがり指折り数えて楽しみにしてきた。


そして待ちに待った当日。
関口展さんは、軽快な語り口で、かつて福音館書店において「母の友」「おおきなポケット」
「こどものとも」等、数々の月刊誌の編集長としてご自身が携わった作品をご紹介くださり、
その楽しくもシビアなプロの世界のエピソードにぐいぐい引き込まれた。
「わにわに」シリーズや、「ごろごろにゃーん」「あな」など、関口さん仰るところの
「大好きなのに何故か評判の悪かった絵本」は、やはり私も大好きな名作ばかり。
これをみんな関口さんが手がけていらしたとは、何かのご縁を感じずにはいられない。

そしていよいよ、「やっぱり おおかみ」である。
それまで穏やかな笑顔を浮かべ、いたって冷静に関口さんの話を聞いていた私は、
やおら姿勢を正し、不用意に取り乱さないようにと警戒態勢に入った。
それなのに、ああそれなのに。
関口さんが絵本を手に取り、ほんの数頁読み聞かせてくれただけでもう涙が溢れてきた。


「け」

「おれに にたこは いないかな」

「おれに にたこは いないんだ」



「おれににたこ」を探し続けた日々。
部屋の片隅で絵本を抱きしめて、何度も何度も「け」と声に出して自分に言い聞かせた日々。
自意識過剰で孤独でワガママでいきがっていた私を、ずっとずっと支えてくれた本だった。

今現在の、マイペースで厚かましくて物事に動じない顔をした私しか知らない人には
想像つかない姿かもしれないが、私にも確かにそんな頃があったのだ。
そしてあの頃があったから、今の私がある。

この絵本があったからこそ、絵本について語りたい思いがあふれ、このブログが出来た。
この絵本への想いも、ブログで改めて文章にしてみたら、何だかすごく勇気がわいてきた。
そして心に溜まった気持ちを吐き出すように、どんどん記事を書いていたら、
あんなに必死に探しても見つからなかった「おれににたこ」たちが、
ひとりふたりと現れ、びっくりしながらも、とてもとても嬉しくなった。

その後も細々とブログを更新し続けたことが、ツイッターを始めることにもつながった。
そしてツイッターで呟いてみたら・・・

そこには広い空があった。
ちょうど、あのおおかみのこが気球を放ったあの空のように、広い広い空が。


だからもう私には、おれににたこ探しは必要なくなった。
私は私のままでいいし、こんな私もこんな世界も、けっこう好きだと気がついたから。



・・・そんな想いがぐるぐるといっぺんに溢れてきて、瞳の端からぽたりぽたりと膝に落ちた。
慌ててタオルを取り出して、客席でそっと涙をぬぐっていたら、
いつの間にか質疑応答の時間になってしまった。
ふと視線を感じて顔を上げると、司会の高村店長が真っ直ぐに私に見て
ニコニコと笑いつつ意味深な視線を送ってくるではないか!
ヤバイ、これはヤバイ、ダメ、ゼッタイ!!と焦る私の必死の視線を笑顔でスルーして、
ここぞとばかりに私を指名する店長・・
グチャグチャの顔と気持ちのまま、立ち上がって皆さんに挨拶をすることになってしまった。

・・・正直、もう胸がいっぱいいっぱいで、何を話したのか良く覚えていない。
ただただ、この絵本を、恐らく万人ウケしないことを重々承知の上でこの世に送り出し、
私に出逢わせて下さったことに、とにかくお礼を言いたかった。
絶対に私だけでは無い、この絵本に支えられてどうにか大人になれた子ども達を代表して、
この想いを伝えたかった。

佐々木マキさん。関口展さん。

今井書店の高村志保さん。

この絵本に関わった全ての方々。

本当に、本当に感謝しています。愛してます。

ありがとうございます!!




こんなふうに、自分が号泣した話をことさら感傷的にブログに書き残すなんて、
タダでさえ思いこみの激しい人間が、思い切り自分に酔ってる残念な様を晒しているようで
よく考えれば人前で泣くことよりもっと赤っ恥もいいところだ。
でも、おばさんになって良かったことの一つは、恥をかくのが怖くなくなるのだ。
誰に笑われてもいい。私は私のためにこの話をここに残したい。

ちなみに、この文章を書く間も、やっぱり涙が止まらなくて、
もう私の顔は涙と鼻水ですごいことになっている。
かくして私は、涙は飾りじゃないということを改めて思い知るのであった・・。


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posted by えほんうるふ at 11:48 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月21日

石の上にも百年

百年の家 (講談社の翻訳絵本)百年の家 (講談社の翻訳絵本)
J.パトリック・ルイス 作
ロベルト・インノチェンティ 絵
長田 弘 訳
講談社 2010-03-11

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100年住める家。
確か、どこかのハウスメーカーがそんなキャッチコピーを使っていたと思い、
検索してみたらコピーどころか社名にしている会社まであった。
それほど、長く住み続けられる家というのは魅力的なコンセプトなのだろうか。

古来、地域の気候や風土から木造住宅の文化が発展してきた日本では、
建物は須く戦火や災害により容易に焼失してしまうものとされてきた。
だからこそ、一部の神社仏閣のように、奇跡的に長期間原型が維持された建築物は
それ自体が富と権力の象徴として、無意識に私たちの心を惹きつけるのかもしれない。
まして、「一国一城の主」という言葉に象徴されるように、
戸建ての持ち家にこだわる人々にとっては、代々継がれる立派な家を建てることが
○○家の歴史に名を残す一大事業として捉えられてもおかしくない。

一方、この「百年の家」の舞台はどうやら、ヨーロッパである。
建築資材として昔から石が多用されてきた彼の地では、たとえ庶民の住宅であっても、
その家(の土台)はそう簡単には消失しない。
ならば永代に渡って一族が住み続けたかというと、そうもいかなかった。
絶え間ない宗教闘争や侵略戦争によって、住人は頻繁に移住を余儀なくされ、
人より堅牢な建物だけが変わらぬ場所で歴史を刻み続けることになったのだ。

この作品の主人公である「家」も、100年どころか、350年近い歴史をもつ建物らしい。
それほどの長い年月ともなれば、その定点観測に登場する人間の数も膨大になる。
何世代にも渡り現れては去る人間達の営みを、「家」はひたすら静かに見守っている。
淡々とした語りながら、その多事多難ぶりはまるで大河ドラマを観ているようで圧巻だ。


地震大国の日本にあっては、どのみち長らく保持できるものでもないのに、
個人資産として基本的に一家族が住むとされる分譲住宅と比べ、
期限毎に不特定多数の人間が住む家、つまり賃貸住宅は
あくまでも「仮の宿」として軽んじられる風潮がある。
住む側も、持ち家となればインテリアに凝ったり設備のメンテナンスも怠らないのに、
賃貸では安普請やリフォームの制限に甘んじるのが当たり前のように思っていたり…。

ところが、日本ならビンテージ扱いの古い住宅がごろごろしているヨーロッパでは、
家は天下の回り者という感じで、箱だけでなく家具までそっくりそのまま、
いわゆる居抜き状態で提供されることも多いと聞く。
だからこそ、縁あって新たにその家に住むことになった人間は、必要に応じて
遠慮無く気が済むまで手を入れるのが当たり前とか。

この両者の文化の違いを、
「人の一生とモノ(家)の一生のどちらを大切にしているか」
「過去・現在・未来のどの時点を軸に生きているか」
といった観点で考えると非常に興味深い。

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2012年12月19日

サンタに学ぶ「叱らない育児」

子うさぎましろのお話 (おはなし名作絵本 3)子うさぎましろのお話 (おはなし名作絵本 3)
文・佐々木 たづ 絵・三好 碩也

ポプラ社 1970-02

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私にとって絵本はあくまでも娯楽であり、
たとえ子供にそれを読み聞かせているときでさえ
育児という目的ではなくそのの合間の息抜きだと思っている。
だから絵本をしつけや教育の目的で読んだり読み聞かせたりしたことはないのだが、
何気なく読んだ絵本から親として何かを学ぶことは多々ある。

今日の絵本、「子うさぎましろのお話」の主人公ましろは、
幼く無邪気でちょっとやんちゃなうさぎの男の子だ。

ましろは、サンタさんから真っ先にプレゼントをもらったにも関わらず、
何とかもう一度プレゼントをもらおうと、別のうさぎの子になりすますことを思いつく。
そして、白い自分のからだに囲炉裏の炭をこすりつけて黒くすると、
大仕事を終えた帰り道のサンタのおじさんに声をかける。

「おじいさん、ぼくにも クリスマスのおくりもの ちょうだい。」

果たして、サンタクロースはすぐにそれがましろだと見破って、

「おまえは、白ウサギの子の”ましろ”だね。」

とあっさり断言する。
が、ここでめげずにしらばっくれるましろが可愛い。

「ううん、ちがう。べつの うさぎの子。ほうら、こんなに くろいところが あるよ。」

と言って、炭で黒くした自分の体を指さすのである。

さて、ここで私なら間違いなく「アホか!騙されるわけねーだろ!!」
・・とは言わないまでも、
あーはいはい、黒くしてみたのねー、でもバレバレですから。はい残念ねー。
てな感じでちゃんちゃん、と終わらせてしまうのだが、
そこはさすがサンタクロースのおやじさん、器が違う。
全く動じることなく、そうか、そうかと騙されてやるのだ。

もしかするとサンタの職業柄、こんなことは日常茶飯事でもう慣れっこなのかも知れない。
同じようなことを考える悪ガキは世界中にゴマンといるだろうし・・・。
それにしてもこの余裕っぷりは素晴らしい。

そうやって大人が騙されてやると、子どもは図に乗って本当に悪い子になるかというと、
そうではないらしい。
むしろ、嘘を信じてもらえたことで、幼いながらに良心の呵責に悩むのだ。
そうして、自分がしてしまったことへの恐れや後悔でその小さな心を痛めながら、
少しずつ少しずつ、失敗から学んで大人になっていく。
それは、大人に疑われ、叱りつけられてムリヤリ反省させられるより、
なんと自然で、確かな学びだろうか。

クリスマスの日に、無邪気な思いつきから怖い思いをしたましろは、
ささやかな購いを経て、少しだけ大人になった。
そして、どこまでも優しいサンタさんと神様から、素敵なプレゼントを受け取るのだ。

読んでいる方もホッとして、さらにワクワクと嬉しくなる、映画のような展開が見事だ。
木立の中で光り輝くもみの木や、清らかな鐘の音が今にも聞こえてきそうな豊かな文章表現が、
盲目の作者によるものと知ったときには、静かな感動を覚えたものだ。
聖なる夜に、全ての子どもとその親たちに、プレゼントしたい絵本だと思う。

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2012年11月20日

ダークサイドの誘惑

キツネキツネ
マーガレット・ワイルド文
ロン・ブルックス絵

BL出版 2001-10

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久々に、重い本。
いや、久々どころか、今までこのブログで採り上げた作品の中でダントツのヘヴィーさ。
読む者の心の闇をのぞき見されるような、美しくも恐ろしい絵本でもある。

最初に読んだ時の衝撃を今でも忘れられない。
まずは絵に一目惚れ。
一頁毎にうっとりして、どきどきワクワクしながら読み進み、
まさかというかやはりというか、衝撃的ではあるがヒタヒタと予感があった展開に
心を鷲掴みされる感覚を味わった。
滅多に味わうことのない感覚だけに、怒濤のように溢れる言葉に出来ない想いに戸惑った。

それ以来、大好きで大好きで宝物のように思っていた絵本だけれど、
なかなか人に勧めることはできなかった。
まして子どもに読み聞かせるなんてことは思いも付かなかった。
人知れず傷ついた心を抱えている人や、柔らかく無防備な心を持つ小さな人たちが読むには、
なんだか要注意な絵本のような気がして、安易に紹介できなかった。

それでもいつかこの絵本をオトナノトモで採り上げる時には、
私にとって何よりも印象的だった、カササギの心の動きに焦点を当てるつもりでいた。

それぞれに傷を持つ弱い者同士・・イヌとカササギが平和に依存し合っていたところへ、
突如現れた闖入者、キツネ。
凄まじい画力でビシビシと伝わってくるキツネの奥底に秘めた憎しみや嫉妬は恐ろしかったが、
同時にその吸い込まれるような瞳の美しさに心惹かれずにはいられなかった。

カササギは、一目見たときからキツネを恐れていた。
怖い。近づいてはならない危険な存在だと、本能が告げている。
何より、警鐘を鳴らす本能に逆らうように、どこかでキツネに惹かれている自分が怖い。
そんなカササギの動揺を見透かしたように、キツネは容赦なく獲物を追い詰めていく。
そしてとうとう、カササギはキツネの誘惑に抗しきれず、大切なイヌを裏切ってしまうのだ。

だがそんなカササギを、果たして私は責められるだろうか。
なんてバカな奴だ、裏切り者め!とつぶやいたその気持ちの裏に、
どこか一抹の後ろめたさを感じはしまいか。
悲劇の予感に怯えつつも、見果てぬ夢にその身を賭けてしまったカササギの愚かさに、
共感してしまう気持ちがひとしずくもないと、私は言いきれるのだろうか。

ダークサイドの甘美な囁きに、ついに堕ちてしまったカササギ。
刹那の快感に酔いしれた後に待っていたのは、勝ち誇った悪魔の非情な仕打ち。
一瞬前の夢のような高揚感を一気に地へと叩き落とす、見事な暗転である。
自業自得と言い切るにはあまりに残酷なその展開に、
まるで自分が冷や水を浴びせられたように呆然としてしまったのは、私だけだろうか。

さて、いつもならここからさらに思いこみ激しくあーだこーだと書き連ねるのだが、
この絵本に関し、今の私に語れるのはこれが精一杯だ。
何故なら、今の私はまさに、かつて自分でうすうす危惧した通りに、
あまりこの絵本をじっくり堪能するに相応しくない精神状態なのである。
例えばそれは、容赦なく押し寄せる日々の現実に少々疲れてしまった平凡な主婦が、
それをつかの間忘れさせてくれる何か、いや誰かの出現を、
半ば恐れつつ、半ば期待しているような心持ち・・・
と言ったら、その危うさをお察しいただけるだろうか。


この先、今よりもっと心穏やかに過ごせる時がきたら、
私はこのエントリーを丸々書き直して、全く違うことを書くかもしれない。
でもそれまでは、
この絵本のエンディングに描かれた一縷の希望に号泣する日が来ないことを祈りつつ、
危うい平和を保った貴重な日々をよろめきながら歩き続けることだろう。

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2012年09月17日

その愛の先にあるもの

あくたれラルフあくたれラルフ
ジャック・ガントス作 ニコール・ルーベル絵
いしい ももこ訳

童話館出版 1995-01

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時々、ネットの掲示板などで
「こんな彼氏とは別れた方がいいでしょうか・・?」という相談を見かける。
詳しい内容を読むと、相手の男はきまって金や女にだらしなかったり、
高確率で兼ね備える要素がモラハラだのDVだのストーカーじみた束縛だの、
別れる別れないを悩む以前に「いったいこの男のどこが良いんだ?」と思えてならない
どうしようもないダメンズだったりする。
当然ながら、相談者に対する読者からのコメントは一様に「別れろ」であり、
そのまま「そもそもどこがいいんだ?」といった疑問を投げかける人も少なくない。

そしてまた、これに対する相談者の返答がまた、一様に
「でもいいところもある」「でもやさしい人なんです」と相手の男を庇うのである。
「○○の問題さえなければ、とてもいい人なんです」というのもよくあるパターン。
たとえその○○が人の道を外れることだとしても、その矛盾に彼女は気付かない。
そして、どんなに親身なアドバイスをもらっても、結局なかなか別れない。

私は冷たい人なので、こういうイバラの道が趣味の女性は、
好きなだけ悲劇のヒロインになりきって浸っていただき、
気が済むまでとことん地獄を味わえばいいんじゃないかと思う。
(ただし、その女性に子どもがいる場合は、共依存の親の下で育つ面倒を知っているだけに、
ダメモトで全力で別れをお勧めするが・・。)

その一方で私は、ダメンズを愛して自らボロボロになっていく女性たちの、
「愛こそが人生」とでもいうような、愛と情に流されまくりの生き様に
一種の憧れが捨てきれずにいる。
つい浮かんでくる、
「ここまで人を愛する才能のある者だけが到達できる、凄まじく甘美な世界があるのでは?!」
といったしょーもない妄想は、この歳になっても、いや、年を重ねるほどに止まらない。


てなわけで、今日の絵本は「だめんずラルフ」もとい「あくたれラルフ」。
不惑の私の妄想を募らせる、地味にヤバイ絵本である。

主人公のラルフは、飼い主のセイラに溺愛されている飼い猫である。
人のペットの趣味に文句を付ける気はないが、セイラの趣味は相当変わっている。
そもそも彼女の愛猫ラルフは見た目からして全然可愛くない。

最近「ブス可愛い」という表現がペットや女性アイドルに用いられることがあるが、
「ブス可愛いさ」を売りにする場合、やはり「見た目の残念感を凌駕する可愛げ」
という要素が不可欠であるように思える。
ところがこちらのラルフの場合、見た目以上に行動に難がありすぎで、
ベストオブ可愛げのない猫絵本というランキングがあれば、間違いなく一位になれそうだ。

そんなラルフのひどい悪戯に日々振り回される憐れなセイラ。
どんなにひどい目にあってもラルフを許し愛し続けるセイラはまさしく天使のようだが、
実は私はこの絵本を読む度に、ラルフよりセイラの懲りない言動にイラッとしてしまう。
「お前がそーやって甘やかすからこのバカ猫は平気で他人に迷惑かけ続けるんだろーが!」
と大人げなく絵本にツッコミをいれてしまったことも一度や二度ではない。

ところが後半、ラルフはセイラと離ればなれになって痛い目に遭うのである。
この絵本を初めて読んだ小学生の頃から、このラルフの転落シーンをちょっと憐れに思う反面、
密かに胸のすくような思いに心を躍らせていた腹黒い子どもだった私は、
後に「カタルシス」という言葉を知ったとき、真っ先にこの絵本のことを思い出したのだった。

そしてラストで再び私はイラッとさせられる。
ここで屈託無くクスッと笑える人は、きっと素晴らしく人間が出来ているか、
愛情深い家庭で人を信じる気持ちを健全に育んでもらった人なのだろうと想像している。

ちなみに私は「だからオメーはよー!!」と、ここでももれなく心の中で毒づくのである。

にも関わらず、私がこの絵本と未だ訣別できない理由はやはり、
それでもラルフへの愛が揺らがないセイラの強さと、その先にあるはずの
強い絆で結ばれた至上の愛の世界に憧れる気持ちが捨てきれずにいるからに違いない。

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2012年07月24日

シワが増えませんように

おこだでませんようにおこだでませんように
くすのき しげのり・作 石井 聖岳・絵

小学館 2008-06

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この絵本のレビューを書くにあたり、どのカテゴリーにいれようかはたと迷った。
「大事なことを教わる絵本」なのは確かだろう。
でも、この絵本が説く「大事なこと」は、おそらく子を愛する母親ならば誰でも、
わざわざ教わるまでもなく本能的に知っていることだ。
分かっているのになかなか実践できないからこそ、親も子も苦しいのだ。

ということは、「切ない絵本」か?
いやいや、切ながってる場合でもない。そんな感傷にいちいち浸っているようでは、
それこそ待った無しの日々の育児が成り立たない。

それではやはりアレか。「泣ける絵本」か。
号泣絵本は?と聞かれてこの絵本を挙げる人も少なくないらしい。
確かに泣こうと思えば泣ける。
いや、泣こうと思わなくても、日頃ある種の子どもと接する機会があり、
ツボに入るシチュエーションに縁があるなら、タイミング次第で号泣必至だと思う。

だがしかし。
絵本のオトナ読みを提唱する私の中の要らぬプライドが、
この作品を「泣ける絵本」認定することをどこかで拒んでいる。
その理由はズバリ、ベタすぎるの一言に尽きる。
書き出しといい、展開といい、クライマックスの間といい、絶妙にたどたどしい決め台詞といい
とにかく演出が上手すぎるのだ。
そして、ダメ押しのごとく壁に貼られた満面の笑みの「おかあさん」の絵。
これはいけません(笑)。もうね、反則です、反則!

そもそも最初に私がこの絵本を読んだときの感想は「け。」だった。
天の邪鬼な性格が祟って、明らかに読み手を泣かせにかかっていると感じてしまうと、
何か鼻白んでしまって、妙に冷静になってしまい泣けないのだ。
(ちなみに絵本のように視覚依存の大きい紙媒体であれば、私もかなり強気でいられるが、
これが視覚と聴覚のダブル攻撃をされる映像作品なんかだと割とあっけなく落ちる。)

だから、過去ログに書いた通り、私は「大人による大人のための絵本」が苦手なんである。
私にとってこの「おこだでませんように」は、長らくまさにそう言う範疇の作品だった。
ところが先日、たまたま小学校の読み聞かせで手持ちの本が足りず、
小学5年生にこの絵本を読んで紹介したところ、
いつも落ち着き無く騒いでいる男子達がじわじわと食い入るように話にのってきた。
ヤンチャ坊主が多いクラスだったので、人ごとではなかったのだろうか。
ラストの数頁を読んでいる時にチラ見した、彼らのニヤニヤと嬉しそうな表情が忘れられず、
私も認識を大いに改め、大人絵本会のお題にまでとりあげたという訳である。


話を戻そう。
そんなこんなで結局この作品にピッタリはまるカテゴリーが見つからず、
私はこの絵本の為に「身につまされる絵本」というカテゴリーを新設した。
この先、他にもこのカテゴリーにピッタリな絵本との出会いがあるかと思うと
嬉しいような嬉しくないような、複雑な気持ちになるが・・・。


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2012年06月08日

私が愛した飴細工

IMG_5921.jpg
あめぴょんは千駄木にある飴細工屋「飴細工吉原」の公式マスコットキャラクターだった。
本家HPでのプロフィールは既に削除されてしまったので、「ご当地キャラカタログ」より
あめぴょんのプロフィール(これもいつまで表示されるか分からないが…)

私はたまたまツイッターのタイムラインを眺めていてこの存在を知ったのだけれど、
愛らしい見た目に似合わぬツイッターでの毒舌とオタ臭丸出しの変態キャラが面白くて
一目見てファンになり毎日のようにその呟きを眺めていた。
実際にお店に行き、作ってもらったあめぴょんは今でも冷蔵庫で大事に保管している。

あめぴょんの専属事務所(?)であった飴細工吉原は日本で(つまり世界で)唯一の
飴細工店という存在の希少性もあって、2008年の開業以来じわじわと人気を集め、
谷根千コミュニティ誌や雑誌等をはじめ、民放の情報番組やNHKにも度々登場している。
もちろんお店は有名になり、飴屋らしくホワイトデーなどにはかなりの混雑ぶりだったと聞く。
ツイッターでのカルト人気がどう影響したのかは分からないが、
知る人ぞ知るご当地ゆるキャラとしてあめぴょんの認知度も高まっていたはずだ。

そんな矢先、あめぴょんが突然ツイッターでこんな告知をした。

【重要告知でス】『あめぴょんは中の人の変更によって設定・話し方(でス)などが変わり外見以外が一新されTwitter,blogなども終了致します。続きを読む
posted by えほんうるふ at 17:21 | Comment(5) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする