2019年08月28日

その注意に要注意

注意読本.jpg注意読本
五味太郎 作

ブロンズ新社 2002年9月
出版社詳細ページ

外面がいいので初対面の他人様にはかなりキチンとした人間だと思われがちな私だが、一歩家に入れば、つまり素の私は、かなり不注意でいい加減な人間である。
特に自分でも日々困っているのは、所要時間のヨミが甘いことである。そのうえ無駄に好奇心が旺盛で色んなことを思いついては即実践しようとするので、つい本来やるべき作業の優先順位を忘れ、外出の出発予定時間ギリギリまで急な調べ物をしていたりする。気がつくと家を出る時間が迫っていて、あわてて荷物をまとめて飛び出す。と、案の定忘れ物をしてしまい、酷い時は家を出て数分もしないうちに別々の忘れ物に気づいてはあわてて取りに戻り、子どもに「また帰ってきた」と笑われる。結果として私は自宅から最寄り駅までの徒歩数分の道を、たいていは小走りで、時には全速力で走っている。
こうして不注意故に私は日々余計なエネルギーを使うことになるのだが、こうでもしなければ日常生活で体を動かす機会が減る一方の怠惰な自分には、きっとこれも何かの帳尻合わせになっているのだろうと思うことにしている。


さて、今日の絵本はその名も「注意読本」という。
そのタイトルから、まさに私のような不注意な人間に向けた、日常生活上のあらゆるリスクへの注意喚起を促す絵本かと思いきや、そこはやはり五味先生、そんな退屈そうな単純な啓蒙絵本であるわけがない。
この絵本が注意を呼びかける対象は、まさにその注意そのもの。つまり、普段私達が無意識に「注意」していることについて、斜め上から、あるいはちょっと離れた位置からの視点を新たに提案することで、その注意の発想そのものが固定観念にとらわれている可能性を「注意」してくれる。


この絵本について、小さな子にはちょっと難しいのでは?とか、大人向けの絵本でしょ?といった声を聞くことがある。
何をおっしゃいますやら。これは私の私見だが、いい絵本は出会う時期を問わないものだ。
赤ちゃん向けとされる絵本が大人にとっても味わい深いのと全く同様に、幼い子どもだって、中高生や大人向けと言われる絵本から何かを感じ取って味わうことができるはずだ。だから、その本来の味わいが分かろうと分かるまいと、子どもたちには是非アタマが柔らかいうちにたくさんの絵本にまずは出会って欲しいと思って、私は常に自分の趣味でいいと思った絵本は構わず子どもたちと一緒に楽しんできた。(もちろん、あくまでも我が家内に限っての話だが。)

なにしろ、子どもの世界は狭い。身近にいる大人といえば親や親戚、先生たち。友だちといえば、学校のクラスメートやご近所の幼馴染、塾や習い事で知り合う同年代の子どもがせいぜいだろう。今でこそ、ネットを介して世界中のありとあらゆる年代属性の人と友だちになることも可能だが、そこには無限の可能性と裏腹に予測のつかない危険が待ち構えている。
その点、こんな絵本なら安心だ。親でも先生でもない大人の友人、決して学校では教えてくれない自由な発想や、同年代ではとても思いつかないタテ・ヨコ・ナナメからの視点に気づかせてくれる、そんな頼もしく愉快な大人の友だちを実際に得られるのはよほど運が良い子どもだけだろうが、絵本は誰にでも平等にその大役を堂々と果たしてくれる。
しかも、それぞれの子がそこから得たものをどのように受け止めるか、まともな絵本ならそれを決して子どもに無理強いはしない。初めて読んだタイミングではピンとこなくても、それぞれの子がその子なりの心のペースで吸収し、必要な時に糧とすればいいのだから、害があるどころか百利の可能性しかない。例えるなら安全で効果絶妙な遅効性肥料みたいなもので、いずれその子が必要とした時に大きな支えや励ましとなって、あるいはその子自身が気が付かないうちに心の栄養となって、その成長を助けてくれるはずだと私は考える。

だからこそ、子どもの手の届く範囲にどんな絵本を用意するかは大人の責任とも強く思う。
ああそれなのに、こんな素敵な絵本が普通の書店ではもう手に入らない。古書を探すか、図書館に行くしかない。
どれほど良書であっても、日々新しく出版される凄まじい量の有象無象の新刊に押し流され、すぐに書店では手に入らなくなってしまうのが絵本出版業界の現状なのだ。なんということだ!


おっと、柄にもなく絵本論で熱くなってしまった。
なんでこんなふうに話が流れたかというと、最近、すっかり大人に近づいた我が家の子どもたちと、彼らが幼かったころ親子で一緒に読んで楽しんだ絵本の思い出話をよくするからだ。
面白いことに、性別も歳も違い性格も嗜好性も正反対といってもいいほど違う方向へ育ったわが子たちが、今になってあれが好きだったと懐かしむ絵本がほぼ一緒だったりする。へえー、あの頃の君たちは、あの絵本をそんなふうに受け止めていたのか〜と内心驚かされることも多い。親の思惑なんか無関係に彼らは彼らなりにそれを消化して、ちゃっかり糧にしてきたらしいのだが、それがその子なりの個性や特性にどのように作用して今に至っているのかを目の当たりにしつつある今、人の成長とはげに面白き・・と感心するばかりだ。


いいかげん話を戻そう。自分の話に。(笑)
ご存じの方も多いかと思うが、Eテレの朝の5分番組「0655」で流れる歌の中に、「忘れ物撲滅委員会」というものがある。主に会社勤めのサラリーマン向けに作られたと思うその歌は、携帯電話、財布、鍵、社員証・・・と、出勤時に忘れがちな必携アイテムを口に出して歌っていくことで忘れ物チェックができるというたいへん実用的な歌である。実際、この歌を出掛けにくちずさむことで忘れ物を撲滅できた人も少なからずいるだろう。なんと素晴らしい。
しからば私もこの歌を自分用に少しアレンジして(何故ならば私の仕事はちょっと特殊で七つ道具の内容が普通の会社員とは少々異なるのだ)、歌いながら出掛けの持ち物チェックをするようにすれば、一度玄関を出てから何度も家に戻るような失態を繰り返すことから卒業できるのではなかろうか?
・・・と思ってやってみたものの、どうにも字余りで座りが悪い。もはや曲から自作するしかなさそうだ。

posted by えほんうるふ at 15:03 | Comment(0) | 実用的な絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月27日

稼ぐこと、生きること

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ルイズ・アームストロング/ビル・バッソ

河出書房新社 2005-05-21

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なんだかんだで私のフリマ歴は30年ぐらいになるだろうか。
私が最初に個人間の不用品売買を利用したのは、高校時代にアメリカの南西部郊外の従兄弟の家に1年間居候していた時のことだった。
そこは砂漠地帯の町の中心をどーんとハイウェイが貫き、その道に沿って点在する住宅はそれぞれが数キロも離れているような土地で、買い物といえば、週末毎に郊外型の巨大なスーパーへ車で買い出しに行くのが恒例だった。しかしそうした巨大スーパーの品揃えはコストコのようになんでもでかくて大量で、とても居候の高校生が少ない小遣いでちまちまと買い物を楽しむような雰囲気ではなかったため、もっぱら私の楽しみは、行き帰りの道すがらに立ち寄る個人の住宅でのガレージセールだった。Garage SaleやらYard Saleやらの張り紙や看板を目を凝らして見つけては叔父に車を停めてもらい、アメリカの田舎の一般家庭が放出する日用雑貨や二束三文の中古服を喜々として買い漁った。在米時の私にとっては、驚くほどの安値で何でも手に入るガレージセールでの買い物が娯楽の少ない田舎生活の唯一の楽しみだったのだ。

ちょうどその頃から、日本でも民間団体によるフリーマーケットが各地で盛んに開催されるようになり、帰国した私は早速出店を申し込み、アメリカから持ち帰ったガラクタをばんばん売った。フリマ出店の為に買い付けていたわけではないが、チープな舶来雑貨が若者に受けていた時代でもあり、並べるそばからよく売れて、とても面白かった。

しかし、お店やさんごっこは楽しかったものの、フリマは出店準備も当日の作業もとても大変だった。一日仕事になるし、交通費や食費や手間暇を考えると大抵売上はチャラになってしまった。そんなこんなでだんだんと面倒になり、さらに仕事やら結婚やらでしばらくフリマから遠ざかった。

そして気がつくと世間はネットオークション大流行。煩雑な会場型フリマをやっていた者にとっては、手元のパソコンでほぼ全ての作業が完了するなんて夢のように楽に思え、これまた早速参入。それまでの対面販売と全く同じくつもりで丁寧な対応をこころがけ、評価は4桁にまでなった。

そうこうするうちに我が子らも小学生になり、本人達に部屋の片付けなどをさせる度に、大量の「要らないもの」が出るようになった。
そんなある日、長女が学校でもらってきたのが「キッズフリーマーケット出店者募集」のチラシ。売り手も買い手も子どもに限定され、運営側がその手順をかなり丁寧に指導してくれるので、本物のお買い物ごっこを経験させるには丁度いい。早速子供たちは友達と一緒に出店に応募して、準備にとりかかった。

どうやったら売れるか。
どんな事態が想定されるか。
子どもなりにあれこれ考え工夫をしているのを見て、ふと私が思い出したのが今日の絵本だった。

「レモンをお金にかえる法」はアメリカで発行され1982年に邦訳版が刊行された「経済の絵本」だ。確か最初に私がこの本を手にしたのも小学生の頃で、親がやっている商売の流れもこんなものかと、膝を打つ思いで繰り返し読んだものだった。
思えばあのアメリカの片田舎でのガレージセールでも、その家の子どもが片隅に自分のコーナーを作り、私物に値段をつけて並べていたりしたものだった。彼らがそのお店屋さんごっこを、この絵本に描かれたような発展性のある事業として捉えていたとは到底思えないが、なるほど店構えというか雰囲気はまさにこんな感じだった。

さて、我が家の子供たちのフリマ初出店の顛末は・・。
お店屋さんごっこ自体は大いに楽しんだようだったが、面倒な準備と当日の大騒ぎを経てようやく得られた利益のあまりの少なさに呆然としていたように思う(笑)
たった数百円の純利益を得るのがいかに大変か!
それを思い知っただけでも充分だと母はほくそ笑んだ。

今となっては、長女はフリマアプリなどを使いこなし、もっと手軽に不要になった私物を現金化しているようだ。それでも、あの泥臭く面倒な手売りの現実を経験したことで、たとえ相手の姿が見えなくても、あくまでもそれは生身の人間相手の取引であり、単なるネットを介したモノとカネの交換ではないことを認識し易いのではと思う。

私より上の世代の親たち、特に経済的に恵まれた層の人々にとっては、子どもがお金のことで知恵を絞るなんて浅ましい、卑しいという考え方も根強いようだ。しかし、好むと好まざるとに関わらず、資本主義社会に生まれて生きていく以上は、経済に対し受け身ではいられない場面に度々直面する。ただ親に小遣いをもらってそれを消費するだけでは、絶対に身につかない智恵と行動力が必要になってくる。渡る世間の世知辛さは大人になれば嫌でも思い知るので、無邪気な子どものうちにこそ、お金について考え、自ら行動する面白さを経験しておくのも悪くなかろう。

参考リンク:キッズフリーマーケット公式サイト

posted by えほんうるふ at 10:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 実用的な絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月31日

プロフェッショナルの世界をのぞく

しごとばしごとば
鈴木 のりたけ

ブロンズ新社 2009-03
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既に親しい人にはお伝えしているとおり、先月から都内の某玩具店で見習い店員をしている。
以前から自宅用・贈答用によく利用していた店で、個人的な趣味の関わりで店長やスタッフとも面識があったこともあって、タイミングがあったところでスムーズに勤務開始となった。
アルバイトとはいえ外へ働きに出るのは久々なので、日常生活のリズムをWMモードにするのに少々手間取っているが、今のところ大きなトラブルもなく家族の応援のもと楽しく働いている。

玩具屋勤務というと何やら楽しくもカオスな職場を想像してしまいがちだが、実際の仕事場は私の想像以上に整然としていて感心したものだ。
私は飲食業や流通業などそこそこバラエティに富んだ職場でのアルバイト経験があるが、表向きの店内は美しく整えられていてもバックヤードは雑然としていて衛生的にもどうかと思うような状態で、とてもではないがお客様に舞台裏は見せられない、という職場が少なくなかった。
その点今の職場は、例えば近所の小学生が突然「憧れのしごとば見学」に来ても余裕で迎えられるぐらい、常に清潔であり仕事道具も整備されている。それは経営者の姿勢の表れということもあるだろうが、玩具店ならではの細かい在庫を管理する以上、普通以上に整理整頓に心を配って管理しなくては忽ち収拾が着かなくなるという、シビアな職場事情も垣間見えるような気がした。

いずれにしろ、職場というものは外から見たイメージと内情が異なるものである。入ってみないと分からないそのギャップを経験するのも興味深いものだが、各業界のプロの仕事人ならではの専門的な仕事道具の数々との出会いもまた、非常に楽しいものである。続きを読む
posted by えほんうるふ at 22:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 実用的な絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月31日

究極の対人マナー

おぎょうぎのよいペンギンくんおぎょうぎのよいペンギンくん
マーガレット・ワイズ ブラウン H.A. レイ

偕成社 2000-09

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食事の際の行儀の躾けというものが親の仕事の一つである限り、我が家の食卓で私が心安く食事を楽しめる日が果たしてくるのだろうか・・・と、毎晩悲観的になってしまうほど、我が息子の食事マナーはいただけない。

現在小学3年生の彼がもっと幼い頃からこれには悩み、育児書の類を読みあさった時期もあった。これについて育児書界の見解としては大きく二派に分かれ、一方は「諦めずに根気よく諭しましょう」という優しく正しいママ先生型。もう一方は「あまりうるさくいうより楽しくおいしく食べる方が大事」という肝っ玉母ちゃん型

これまでの育児において、基本的に理性より本能を優先させてきた私としては、当然ながら後者の教えに共感しこれを貫くつもりであったのだが、毎日の食卓で繰り広げられる野猿の宴を眺めること数年にしてついにギブアップ、このままではいかんと潔く方針転換し、今や食事の度に妖怪ガミガミババアと化している。
が、その甲斐無く息子は未だに猿から人間へ進化の途中で足踏みをしているらしい・・。
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posted by えほんうるふ at 22:02 | Comment(4) | TrackBack(0) | 実用的な絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月14日

今日から女子力5割増し

マドレーヌのメルシーブック―いつもおぎょうぎよくいるためにマドレーヌのメルシーブック―いつもおぎょうぎよくいるために
John Bemelmans Marciano

BL出版 2005-05
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今年もまた、日本の女性の皆さんの実力を試される決戦の日がやってきた。
全国総合女子力判定Xデー、別名バレンタインデーである。
日本においては露骨に商業ベースに乗って盛り上がるこの全国規模のお祭り騒ぎ。
これに参加する意志があるかないかが、そのまま貴女の女子力の有無を表している。
ちなみにこの際相手の有無は関係ない。このイベントを女性として意識するかどうかの問題だ。
妄想オンリーで実際には動かない人、義理チョコ・友チョコ配りでお茶を濁す人などパターンは色々だが、私の知る限りほぼ100%の女性がバレンタインには何らかの行動を起こすようだ。
少なくとも、バレンタインデーの存在を完全に無視できる男前な女に私は会ったことがない。

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タグ:女子力
posted by えほんうるふ at 11:35 | Comment(4) | TrackBack(0) | 実用的な絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする