2017年03月23日

ブレない夢、その理想と現実

時計つくりのジョニー時計つくりのジョニー
エドワード・アーディゾーニ Edward Ardizzone

こぐま社 1998-07-01

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小さい頃から絵を描くのが大好きだった長女が、この春から美大に進学することになった。
習い事など何をやらせてもどことなく冷めていて長続きしなかった彼女だが、お絵かきだけは、それこそ暇さえあればという感じで、飽きもせず毎日何かを描いていたような気がする。
とにかく関心の有無の振り幅が激しいというか、自分が好きなことやこだわっていること以外は呆れるほどどうでもいい人なので、親としてはこの子は将来親元を離れてまともに生活できるのだろうかと若干不安に思ってきた。
逆に言えば、この子に興味の無いことをやらせるのは無理というか無駄、というのが最初から明白だったので、進路についても本人に任せていて、結果的にこれまでのところ、全くブレなく我が道を突き進んでいるというわけだ。


子どもの頃に好きだったことを、実際に将来の仕事に繋げられる確率は、どれぐらいのものだろうか。
好きだからといって得意とは限らない。まして想いだけで現実を乗り越えられるほど、世の中は甘くない。
そもそも人は成長と共に趣味趣向もどんどん変わるのが普通だから、幼い頃からただ好きで続けていたことを生業にする夢を叶える人など、せいぜい数パーセントに過ぎないだろう。

その数%の奇跡の人生をストレートに描いた絵本が今日ご紹介する一冊、
「時計つくりのジョニー」である。

主人公のジョニー少年は、ごく幼い頃からものづくりに特別な関心を持っていた。
両親はそんなジョニーの気持ちに寄り添ってはくれなかったが、意志ある少年ジョニーはへこたれない。
ある日、彼は愛読の「大時計のつくりかた」を読み返していて、ついに自分も行動に出ようと思い立つ。
小さなジョニーは自分の思いつきに喜んだが、両親も先生も、そんな彼の挑戦を頭から否定して相手にしてくれない。まして友達はバカにしていじめたり、彼の奮闘を邪魔するばかり。
それでも、傷ついて意気消沈するジョニーをを励ましてくれる人たちが現れ、彼らに支えられてジョニーは立派に大時計を完成させるのだった。
そして、彼の功績は周囲の評価を一変させ、物語ならではのハッピーエンドが待っている。


大好きなことがあって、それに基づく大きな夢を持つ子どもにとっては、なんとうれしく、大きな励ましになる絵本だろうか。
バカにされても笑われても、なかなか人に認めてもらえなくても、決してブレずにひとつのことを好きでいられること。ただ黙々と続けられること。
それが、それだけで立派な才能で、ものすごく幸せなことだということが、大人には分かる。
だから、大人にとってはただ嬉しいだけでなく、(特に「親」や「先生」にとっては耳が痛い部分も多々あり、)ちょっと眩しいような、切ないような気にもさせられる名作だ。


節目の季節である春が来る度に、つい我が子の進路のことを考えてこの手の絵本を選んでしまう。
丁度3年前の3月にも、息子の中学進学を機に、やはり一つだけ好きで好きでたまらないことがある彼の将来の予想について、とある絵本の紹介と共にこんな記事にしたものだった。
面白いことに、あれから息子は部活のバスケに夢中になり、その忙しさにかまけてあんなに好きだった釣りは年に数回行くのがやっと、という状態になった。
そして3年の月日が経った今、彼は私があの頃全く想像もしていなかった進路を模索している。
それは「釣り」「バスケ」という彼の2大関心事のどちらとも関係のない分野だったので、本人の口からそれを聞いた時は家族の誰もが驚いたものだった。

好きなことだからこそ、仕事にしないほうがいい、という考え方もある。
どんなに大好きなことでも、仕事としてやるのと趣味として楽しむのは全く違う。
どんなに大好きでも、それで食べていくには人並み以上の才能と運と覚悟が必要で、その厳しさを予測して最初から諦める人も、途中で思い知って挫折する人も多いだろう。
大好きだったはずのことが、気がつけば義務になり責任になり意地になり、そこに楽しみを見いだせなくなる場合もあるだろう。
ジョニー少年のように、好きなことを極めて周りの援助を得てトントン拍子に独立、だなんて、まさに絵本の中でしかあり得ない都合の良い展開で、だからこそ夢があるのだ。

少年よ大志を抱けと大人は勝手なことを言うけれど、どんな子も、いずれは自分の中の理想と現実に向き合って、自分なりの折り合いをつける日が来る。
息子も、自分の好きなことと将来の仕事を切り離して考えられるだけ、少し大人になったのかも知れない。

さて、娘の方は幸か不幸か、好きなこと一直線のままここまで来て、少なくともあと4年はその道まっしぐらがほぼ確定したところである。
彼女がこれから数年間の大学生活の中で、どんな風にその「好き」を消化し、自分なりの答えを見つけていくのか、とても楽しみだ。


posted by えほんうるふ at 09:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月29日

大騒動から何を学ぶか

クリスマスの大そうどう (児童図書館・絵本の部屋)クリスマスの大そうどう (児童図書館・絵本の部屋)
デイビッド シャノン David Shannon

評論社 2007-11

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クリスマスを前に、海の向こうの大国での大騒動に決着が付いた。
超大国故にその全世界の政治経済への影響は計り知れず、想定外過ぎて先が読めない不安も覚えた。
まさかの結末。だと私も思ったものの、紛れもなく、これが今の世界の現実である。
どうしてこうなったのか?を考えることも大事だろうが、それ以上に大事なのはこれからどうするか?だろう。
彼の国の偉い人々はその点、非常に現実的で、賢く行動力のある人もたくさんいるはずだ。
決して楽観視はできなくとも、この想定外な選挙結果がさらに我々が想像しえなかった(いい意味で)想定外な未来へつながることを願ってやまない。

さて、アメリカ・大騒動・クリスマスと来て、ふと思い出したのが本日の絵本。
何しろちょっと膨らませば、まんまハリウッドのクリスマス映画になりそうな、良くも悪くもアメリカ的なストーリーなのである。

クリスマスを前に、ちょっとした思いつきで家族を喜ばせようと、いつもより張り切って飾り付けにとりかかったメリウェザー家のお父さん。
ところが隣人からの思わぬ反応に突如対抗心に火をつけられてしまい、際限のないデコレーション熱に侵され、突っ走った行動に出てしまう。
最初は喜んだものの、次第に困惑する家族。
はじめは賞賛していたご近所さんたちも、何かスイッチが入ってしまったメリウェザー氏のとどまるところを知らぬ暴走ぶりに眉をひそめ、しまいには反目を募らせていく。
そして楽しいはずのクリスマスイブの夜、ついに悲劇が・・・

最初にこの絵本を読んだ時は、なんとなく違和感というか不快感が残った。
心温まるはずのクリスマス絵本なのに、読後に色々と考えてしまい妙に寒々とした気持ちにさせらてしまう、珍しい作品だ。
そもそも、ささやかでも不自由なく家族に囲まれ幸せな家庭を営んでいたはずの善人を絵に描いたような凡庸な主人公が、あまりにも簡単に隣人の挑発に乗り、理性を失ったような行動に出てしまうことが理解できなかった。
そして、その暴走を無責任に煽っていた隣人たちが、手のひらを返したように正義の名のもとに集団での暴挙に出るというのも、とても恐ろしく感じた。

しかし、今一度この絵本を思い出して読み返してみた時、彼の国で実際に起こったあの大騒動とこの絵本の登場人物たちの行動が、何となくリンクしているように思えて、なるほど興味深いと改めて思ったのだ。

おそらくメリウェザー家は決して富裕層ではなく、かといって貧困層でもなく、多くを望まなければ衣食住に困ることもなく平々凡々と生活を営んでいける程度のアメリカの中流家庭なのだろう。
でも、多分メリウェザー氏は実はそんな小市民的な生活に満足はしていなかったのだ。
もっと有名になりたい!人々から賞賛されたい!!という密かな野望が、彼の心の奥底には長年燻っていたのかもしれない。
だからこそ、ちょっとしたきっかけでそのどす黒い野望に火がついてしまったのだろう。
人より目立つセレブを目指して何が悪い。もはや品格や良識などクソ食らえ。
抑圧されていたメリウェザー氏の野望は、一度表に出た途端暴走する。
それはまるで、日頃は堅実な良識派を装っていても、心の奥底ではきらびやかな世界や俗っぽい成功への憧れを捨てきれず、大どんでん返しのような変化を夢見ずにはいられない多くのアメリカの一般市民が、その奥底の気持ちを抑えきれずに、分かりやすい扇動者の言葉に乗ってその一票を託してしまった、という構図にも通じるような気がするのだ。

それでも、この絵本には最後に希望が残されている。
この寛容さと不屈の精神もまた、彼の国の人々の素敵な特性であると私は思っている。
何より、この絵本に描かれているのは子どもではなく、大人の成長物語である。
いくつになっても、人は間違いを犯すし暴走もするだろうが、本人が変わろうと思えば変われないことはないはずなのだ。
そんなわけで、初見はあまり印象のよくなかったこの絵本を、私は改めて採り上げ多くの人に紹介したくなったのだった。

イブの夜、ドナルド・”スクルージ”・トランプの元に、亡霊マーロウが現れて、彼が突如改心して大国の長に相応しい善意あふれる人格者に生まれ変わる・・・
なーんてことはあり得ないにしても、クリスマスだもの。
物語めいた夢を持ったっていいだろう。

posted by えほんうるふ at 12:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月26日

権利の持ち腐れ

みんなの世界 (岩波の子どもの本)みんなの世界 (岩波の子どもの本)
マンロー・リーフ

岩波書店 1982-01

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まさか、我が家の朝夕の食卓でこれほど「政治」が話題に登ろうとは。

昨年6月、改正公職選挙法が成立し、
選挙権年齢が20歳以上から18歳以上に引き下げられた。
先日行われた参議院議員選挙はこの新法が初適用され、
18,19歳の約240万人が新たな有権者として現れたことになる。
奇しくも我が家には、まさにその当事者たる今年18になる子がいるため、
思い切り身近なニュースという実感があるのだ。

果たして、参院選から一夜明けて総務省から公表されたその
「新たなる層」の投票率は、18歳51%、19歳39%と、
あれほど世間が大騒ぎしていた割に二人に一人は棄権という
残念な結果であった。

非力な一市民とはいえ、確かに国政に参加している実感が持てる
めったにない機会なのに、しかも今回それに初参加できるなんて
それだけで歴史に参加できるという面白い経験だろうに、
なぜ放棄してしまうのだろうと素朴に不思議に思った。
何も面倒なことはない、投票所に行って紙切れに数文字書くだけだ。
ネットを覗いて大事件のスレッドに記念カキコする程度の行動力で、
それよりずっと意義のある祭りに参加できるというのに。


その場の空気を読むことが何より大事な社会に育った私達は
とにかく表立っての自己主張が苦手だ。
まして私の知る限り、この国の事勿れ社交術の基本は常に
「不特定多数の人前での政治と宗教の話はタブー」であったし、
それは今も、年代を問わず人付き合いの不文律として
脈々と受け継がれているように思う。

それらを堂々と主張できる人々は、強い人々なのだ。
叩かれようと避けられようと、それを上回る信念で動けるのだ。
でもほとんどの人はそこまで強いメンタルは持っていない。
変に主張して強い人々に目を付けられるのが怖い。
圧倒的多数のモノ言わぬ弱い人々の間にいて、
目立って叩かれたり笑われたりするのも怖いのだ。

そりゃ私だって慣れないことをするのは怖い。
こんな辺鄙な匿名ブログですら政治の話をするなんて、ビクビクものだ。
でも、本当に怖いのはそんなことじゃない。
怖がりの大人だからこそ、無知な子ども達に教えなくてはいけない。

彼らは気づいているだろうか。
与えられた権利を行使しないということは、
その全権を他人に委ねるという意思表示をしていることになることを。
良し悪しにかかわらず現状を肯定していることになることを。
未来がどうなろうと文句が言えない立場に自分を追い込んでいることを。
君たちが大好きな「自分探し」やら「自分らしく生きる」こととは、
真逆の道を進んでしまうということを・・・。


おっと、また全く絵本に関係のない話を書き連ねたようだが、
それでも今日ここで紹介する絵本は、まさにこのテーマの重要さを
幼い子どもにも噛み砕いて説く一冊だと私は思っている。

さらに痛烈なのは巻末に続く「困った人図鑑」である。
これらの頁を子どもたちに読み聞かせる時、
なんとなく後ろめたい気持ちになる人もいるかもしれない。
少なくとも、私はそんな情けない大人の一人だ。

初版は1953年に発行された古い古い作品ということもあり、
世の中の現状を鑑みると必ずしも全面的に賛成できる内容ではないが、
小さな子どもと政治の話なんて出来るわけがないとお思いの方には、
きっかけになる一冊として大いにお勧めしたい絵本である。

posted by えほんうるふ at 16:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月24日

少年よ、フォースと共にあれ。

ラチとらいおん(世界傑作絵本シリーズ―ハンガリーの絵本)ラチとらいおん
(世界傑作絵本シリーズ―ハンガリーの絵本)

マレーク・ベロニカ
福音館書店 1965-07-14
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ジェンダーレス男子、という人々がいるらしい。
メイクやファッションで中性的なビジュアルをアピールし、
女性以上に高い美意識を持つという彼ら。
あまりテレビを見ない私は最近ようやくその存在を知ったのだが、
個人的には非常につまらない人々に思えた。
なにしろ、彼らの存在定義はあくまでも外見が中性的であることでしかなく
たとえばLGBTの人々のように、自己のイデオロギーに関する葛藤だとか
生き方そのものを左右する信念や主義主張があるわけでもなさそうだ。
たまたま恵まれた容姿の演出が目新しくてウケタ、ぐらいのもので、
恐らくマスコミに飽きられるまでの人寄せパンダでしかないだろう。
彼らはその拠り所である若さと美しさを失った時、どう生きていくのだろう。

さて、彼らのようなイロモノはそこらに置いておくとして、
その他の一般男性の多くにとっては今も「美しくなりたい」よりも
「強くなりたい」という願いこそが普遍的なものなのではないだろうか。

女の私からすると、強けりゃいいってもんじゃないだろ!と思うが
闇雲に強くなりたがる男子のアホっぽさは、それはそれで愛おしい。
ちなみに、いかにも筋骨隆々でたくましく強そうな男性が
実は異様にメンタルの弱いナイーブな性格だったりするのは珍しくないらしいが、
それもやはり、男子たるもの強くなくては!というジェンダー刷り込みから
自分の内面の弱さを肉体という鎧でカバーしようという流れだとすると
なんとも健気でカワイイではないか。

今日の絵本「ラチとらいおん」の主人公ラチ君も、そんなごく普通の
「強くなりたい」男子だ。
弱虫で仲間はずれにされていた彼は自分の弱さを自覚しており、
強さの象徴である百獣の王ライオンに憧れる。
そこへ突如ジェダイ・マスターのごとく現れる、「らいおん」。
どうみても強さよりも可愛さがウリに見える、マスコット的風貌のそいつは
実は鬼トレーナーで、謎の体操その他でラチ少年を鍛え上げ、
やがて弱虫だったラチは心身共に強い子に育ち、立派に独り立ちしていく・・
という、絵本ならではの激ユルスポ根のようなストーリーだ。

実際のところ、どう考えてもあのへなちょこ体操で強くなれるわけがない。
でも、ラチ少年は間違いなく本当に強くなったのだ。
いったい、らいおんはどんな魔法を使ったのだろうか?

賢い読者の皆さんならとっくにお気づきのことと思うが、
らいおんがラチに施したトレーニングは魔法でもなんでもなく、
やり方次第で誰でも自分の子供に授けてやれる力である。
つまり、人が本当に強くなるために必要なことは、
強靭な肉体でも喧嘩のテクニックでもなく、
「自分は強い」と信じられる心を持つことなのだ。

最初は不安でも、ちょっとした成功体験で気持ちは変わる。
最初は錯覚でもいい。思い切ってやってみて、たまたま成功した、でいい。
重ねていけば、それは確実に自分を支える実績になる。
ほら、バック・トゥ・ザ・フューチャーでも、
弱虫で情けなかったマーティのパパのキャラを激変させたのは、
思い切ってやってみたらビフを一発で倒せたという、
まぐれのような成功体験の賜物だったではないか(笑)!

ところで私がこの絵本のすごく好きなところは、
成長したラチ少年のもとから去っていくらいおんの
去り際が無駄にカッコイイところだ。
彼は去っていったが、その存在はいつもラチ少年と共にある。
そう、まさにルークの元を去ったジェダイ・マスター達が
いつも背後霊のように彼を見守っていたように。
らいおんが心にいる限り、ラチはもう弱虫じゃない。強い男なのだ。
ラチ少年よ、フォースと共にあれ。
(ああ、なぜか今回はやたらと私の映画好きの血が騒ぐ・・)

ちなみにこの絵本については、
このブログを始めた当初にもとりあげて既に書いているが、
今思えば、かなりあっさりした内容だった。
それでも最近のエントリーに比べたらちゃんと内容をレビューしているので、
気になる方は合わせてこちらも閲覧されたし。

posted by えほんうるふ at 03:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月22日

まちがえるほどに強くなる

教室はまちがうところだ教室はまちがうところだ
蒔田晋治・作 長谷川 知子・絵

子どもの未来社 2004-04

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もう十年も前のことだ。
私の子どもが初めて小学校に上がった時、
周りのお子さん達の出来の良さに驚いたのを覚えている。
ひらがなの読み書きはもちろん、漢字も書けて、
中には英語で流暢に挨拶できるお子さんもいたりした。
小学校に上がる前からお家やお教室でしっかりと準備をしてきたらしい、
そんな優秀なお子さん達にとっては、
公立小一年生の新学期の教室は毎日が晴れ舞台だっただろう。
初めての授業参観を見に行くと、
意気揚々と手を挙げる彼らの間に隠れるように、緊張した面持ちの娘がいて
それでも先生に当てられると小さな声で懸命に答えていて、
なんとか正解であったことにこっちまで胸を撫で下ろしたものだった。

こういう場面で、平然と手を挙げるのは自分に自信のある子ばかりだ。
煩いぐらいにハイハイと手を挙げて自分をアピールし
当てられる前から得意げに正解を口にする子がいるかと思えば、
早くも芸人魂を発揮して、ウケ狙いのボケをかます子もいた。
そうでないその他大勢の子ども達は、一様に俯きがちになり、
ソワソワとしているその姿が何ともいじらしいのだった。

今日の絵本は、そんなその他大勢の愛おしい子どもたちに伝えたい一冊。

教室はまちがうところだ

嗚呼、なんと素晴らしい言葉であろうか。
知らないというのは清々しいことだ。
そこに新しい知識や考えを取り込んでいく作業は、快感であるはずだ。
なのに、どんどん間違ってもいいはずのその学びの場は今や、
子ども達にとって、恐ろしく緊張を強いる場になっている気がする。
出来て当たり前、分かって当たり前の雰囲気の中、
小学校に入学したばかりの一年生もその親も、
はじめの一歩から恥をかくまいと必死になる。
本来学ぶことは楽しいことであるはずなのに、
スタートから出遅れを感じた子は、いきなり出端を挫かれて
学ぶことの新鮮な楽しさや喜びを、見失いはしまいか。
だとしたらそれは、なんともったいないことだろう。

学ぶことに終わりは無く、赤ちゃんも一年生も、
お父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、
人は生きている限り常に何かを学び続けるものだろう。
その道は人それぞれで、学び方も千差万別だろうが、
きっと誰もが経験を重ねて実感するであろうことは、
決して間違えないようにと注意して慎重に覚えたことよりも
間違いや勘違いや失敗から、その恥ずかしさや痛みから学んだことの方が
嫌でも身に付くし、結局は自分を成長させる糧となる場合が多い、

ということではないだろうか。
さらに、間違えることの素晴らしさは、
間違えれば間違えるほど、次の失敗が怖くなくなるということだ。
なんとかなる、ということを身を以て経験すること。これは大きい。
まして若い頃の間違いなんて、その後の生き方次第で本当になんとかなるのだ。

少なくとも、自分はそんなことの繰り返しで生きてきて、
気がつけば失敗を失敗と思わぬ厚かましさと
転んでもただでは起きぬ執念深さを身につけた・・ように思う。

間違いから学ぶ方が手っ取り早く、得るものも多いのならば、
遠慮なくじゃんじゃんトライアル&エラーを繰り返せばいいようなものだが、
誰でも大人になり社会に出れば、
その間違いが許されない場面というものに嫌でもぶつかることになる。
当然ながらそのプレッシャーは、新一年生の初めての授業参観の比では無い。
もちろん、そのここぞと言う場面で失敗する人だって山ほどいるし、
またそこから学ぶことのシビアさ大きさも別格だろうが、
じゃあ、間違ってもいいからドーンとやってみよう!というわけにはいかない。
なにしろ、被るダメージが大きすぎる。
その分、回復にかかる時間もお金も莫大すぎる。
残念ながらこの先の伸びしろもあまり期待できない。
なにより、
大抵の大人は、子どもほど強くないのである。

だから、いつの間にやらうんざりするほど大人になってしまった私は
子どもたちに、若い人たちに、声を大にして言いたいのだ。
教室にいるうちに、
間違いが許される今のうちに、
めいっぱい、思いっきり、間違っとけよー!!と。


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posted by えほんうるふ at 08:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月19日

サンタに学ぶ「叱らない育児」

子うさぎましろのお話 (おはなし名作絵本 3)子うさぎましろのお話 (おはなし名作絵本 3)
文・佐々木 たづ 絵・三好 碩也

ポプラ社 1970-02

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私にとって絵本はあくまでも娯楽であり、
たとえ子供にそれを読み聞かせているときでさえ
育児という目的ではなくそのの合間の息抜きだと思っている。
だから絵本をしつけや教育の目的で読んだり読み聞かせたりしたことはないのだが、
何気なく読んだ絵本から親として何かを学ぶことは多々ある。

今日の絵本、「子うさぎましろのお話」の主人公ましろは、
幼く無邪気でちょっとやんちゃなうさぎの男の子だ。

ましろは、サンタさんから真っ先にプレゼントをもらったにも関わらず、
何とかもう一度プレゼントをもらおうと、別のうさぎの子になりすますことを思いつく。
そして、白い自分のからだに囲炉裏の炭をこすりつけて黒くすると、
大仕事を終えた帰り道のサンタのおじさんに声をかける。

「おじいさん、ぼくにも クリスマスのおくりもの ちょうだい。」

果たして、サンタクロースはすぐにそれがましろだと見破って、

「おまえは、白ウサギの子の”ましろ”だね。」

とあっさり断言する。
が、ここでめげずにしらばっくれるましろが可愛い。

「ううん、ちがう。べつの うさぎの子。ほうら、こんなに くろいところが あるよ。」

と言って、炭で黒くした自分の体を指さすのである。

さて、ここで私なら間違いなく「アホか!騙されるわけねーだろ!!」
・・とは言わないまでも、
あーはいはい、黒くしてみたのねー、でもバレバレですから。はい残念ねー。
てな感じでちゃんちゃん、と終わらせてしまうのだが、
そこはさすがサンタクロースのおやじさん、器が違う。
全く動じることなく、そうか、そうかと騙されてやるのだ。

もしかするとサンタの職業柄、こんなことは日常茶飯事でもう慣れっこなのかも知れない。
同じようなことを考える悪ガキは世界中にゴマンといるだろうし・・・。
それにしてもこの余裕っぷりは素晴らしい。

そうやって大人が騙されてやると、子どもは図に乗って本当に悪い子になるかというと、
そうではないらしい。
むしろ、嘘を信じてもらえたことで、幼いながらに良心の呵責に悩むのだ。
そうして、自分がしてしまったことへの恐れや後悔でその小さな心を痛めながら、
少しずつ少しずつ、失敗から学んで大人になっていく。
それは、大人に疑われ、叱りつけられてムリヤリ反省させられるより、
なんと自然で、確かな学びだろうか。

クリスマスの日に、無邪気な思いつきから怖い思いをしたましろは、
ささやかな購いを経て、少しだけ大人になった。
そして、どこまでも優しいサンタさんと神様から、素敵なプレゼントを受け取るのだ。

読んでいる方もホッとして、さらにワクワクと嬉しくなる、映画のような展開が見事だ。
木立の中で光り輝くもみの木や、清らかな鐘の音が今にも聞こえてきそうな豊かな文章表現が、
盲目の作者によるものと知ったときには、静かな感動を覚えたものだ。
聖なる夜に、全ての子どもとその親たちに、プレゼントしたい絵本だと思う。

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posted by えほんうるふ at 21:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月20日

人生で大切なことは全て図書館で教わった

としょかんライオン (海外秀作絵本 17)としょかんライオン (海外秀作絵本 17)
ミシェル・ヌードセン 作 ケビン・ホークス 絵
福本 友美子 訳

岩崎書店 2007-04-20

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物心ついて以来、少なくとも週に一度は図書館に通う生活を続けている。
そんな私にとって、もはや図書館は第2の家と言っても過言ではない。
実際、私はたぶん、人生で大切なことは全て図書館で教わったのだと思う。

幼い頃、両親は家業に忙しく私は一人で遊ぶことが多かった。
兄弟と遊ぶより、一人で図書館へ行く方が好きだった。
騒がしい家よりも、シーンと静まりかえった図書館の方がよほど心地よく過ごせた。
特に、館内の一角の、カーペット敷きで一段高くなっていて、大人の腰の高さほどの書架でぐるりと囲まれた絵本コーナーは、どんな場所よりも心安らぐ安全地帯だった。
そのささやかな囲いが、現実世界の面倒や悲しみや怒りから私を守ってくれる気がして、
私は来る日も来る日も通いつめては、お気に入りの絵本を抱えて片隅に陣取っていた。続きを読む
posted by えほんうるふ at 15:23 | Comment(6) | TrackBack(0) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月27日

私に今できること

百年の家 (講談社の翻訳絵本)百年の家 (講談社の翻訳絵本)
J.パトリック・ルイス作/ロベルト・インノチェンティ絵/長田 弘訳

講談社 2010-03-11
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3月11日(金)に発生した東北地方太平洋沖地震により、被害にあわれた皆様に心よりお見舞いを申し上げます。
そしてまた、この地震によって尊い命を失われた方々のご冥福をお祈り申し上げます。


未曾有の大地震から2週間が経った。
大津波に火災、原発事故・・次々と起こる連鎖災害に、人々の生活は今なお脅威にさらされている。
初めて経験する大災害のカオスの中で、誰もが先の見えない不安を抱いて生活している。
もちろん私も、被災地を支える側の人間として、また、まだ手の離れない子どもたちを守る親として、
手探りの情報収集と思案と選択を繰り返す日々が続いている。

それでも、このことは、これまでのほほんと生きてきた私にとって、
今後の己の生き方を改めて問い直すきっかけとなった。

被災地の為に今の私にできることと言えば、義援金や支援物資の提供ぐらいしかない。
あとはとにかく冷静さを保ち、自宅での節電・節物資の生活を心がける一方、
過度の消費活動自粛で懸念される日本経済の共倒れに抵抗すべく、
外食等のサービス産業を普段より積極的に利用するぐらいだろうか。

だから春休みの家族旅行も、結局キャンセルせずに予定通り決行した。
ただ当初の予定と違っていたのは、私がその旅の荷物の中に、数冊の絵本を忍ばせてきたことだ。
この間に、私が今こそ改めて読みたい、読んでほしいと思った絵本を紹介できたらと思っている。続きを読む
posted by えほんうるふ at 23:27 | Comment(2) | TrackBack(0) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月31日

究極のハイリスク・ハイリターン

くわずにょうぼう (《こどものとも》傑作集)くわずにょうぼう (《こどものとも》傑作集)
稲田 和子

福音館書店 1980-07
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2008年は寒い1年であった。
何がってもちろん、懐が。相場が。世情が。お偉方の失言が。
大晦日を迎えてなお、どこを向いても景気の悪い話ばかりで気が滅入る。

一昔前なら、夫の稼ぎが期待できないとなれば、妻が節約・倹約で生活防衛を計るしかなかった。
企業戦士たる男性が手っ取り早く伴侶をゲットして子孫繁栄を図れるよう、お上がお膳立てしてくれた嫁取りシステム「夫婦分業」によると、夫の役割は「稼ぐ&養う」でしかなく、そこを外れることは想定外の事態を招く恐れがあった。
だから、単純かつ効果絶大なはずの「妻も働きに出る」という策は夫達の根強い抵抗にあったのだ。
しかし、社会が成熟してこのシステムが崩れた今、当然ながら大黒柱の存在意義よりも懐事情が優先されるようになり、働きたい妻の社会進出を夫が拒むケースはほとんど聞かなくなった。
逆に、専業主婦志望の妻VS共働きを望む夫という新しい対戦カードが出現している。
いつの世も、変化に対応できない人間は自らの首を絞めることになる。


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2006年08月21日

地道な食育、過激な食育

tabemono.jpegたべもののたび
かこ さとし

童心社 1976-10
おすすめ平均

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スーパーサイズ・ミー 通常版
スーパーサイズ・ミー 通常版モーガン・スパーロック ドキュメンタリー映画

おすすめ平均
stars毎食30日間マックだけを食べ続けたドキュメンタリー

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主に自分の手抜きが目的で月1回ほどファーストフードを利用している。夏休みともなるとさすがにネタも気力も尽きて、先日も子連れの外出帰り、街灯に吸い寄せられる虫のように黄色いMのマークに吸い寄せられた。
子ども達はオモチャ付きのセットを選びニコニコだったが、お腹が空いていたはずなのに結局ほとんど食べず、オモチャをいじるばかり。食べないの?と聞けば「おいしくない。気持ち悪くなるから残していい?」とのたまう。どうせ後で腹が減ったと騒ぐくせに…と思いつつ、ジャンクフードと知りつつ食べさせている後ろめたさから「残さずたべろ」とも言えず、かといって食べ物を捨てるのもイヤで、結局自分が食べ残しを完食して気持ち悪くなった。

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posted by えほんうるふ at 02:24 | Comment(16) | TrackBack(1) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月14日

「豊かさ」は手に入れたものの…

4834001598だるまちゃんとかみなりちゃん
加古 里子
福音館書店 1968-08

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ふと手帳の購買予定品リストを見て、だいぶ前から内容が更新されていないことに気がついた。そういえばここ数年間で、私の物欲はどんどん希薄になってきているような気がする。
もともと若い頃から物欲ギラギラタイプの人間ではなかったので、「ま、これも一種の老化現象かしらん」などと暢気に思っていたのだが、なんのことはない、これこそ今日日の日本の一般大衆の消費傾向の特徴であり、経済成長にブレーキをかけている要因であると偉い人たちが指摘する「消費欲求への切実さの欠如」そのものだ、ということに最近気がついた。日頃、マスコミに誘導されるような消費活動に迎合しない価値観を自負していただけに、「なーんだ、私もしっかりマーケティングされてる井の中の蛙ってわけか…」と、一人で苦笑している。
 
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posted by えほんうるふ at 00:14 | Comment(35) | TrackBack(1) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月05日

あなたにとってのわたし

watashi.jpgわたし
谷川 俊太郎 長 新太
福音館書店 1976-10

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「あなたにとって、私ってなんなの?!」

いきなりだが、男女関係の修羅場用語として割とベタな一例を挙げてみた。
さて、これに対する正しい回答は以下のうち、どれか?

 1.「決まってるじゃないか、一番大切な人さ。」
 2.「じゃあ君にとって僕はなんなんだ!」
 3.「そういえば、考えたこともなかったな…。」
 4.「フッ・・・ただの遊びだよ。」
 
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posted by えほんうるふ at 18:39 | Comment(16) | TrackBack(2) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月24日

世界で一番幸せなスープ

せかいいち おいしいスープ (大型絵本)せかいいち おいしいスープ (大型絵本)
マーシャ・ブラウン

岩波書店 2010-04-22
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0689711034
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Stone Soup: An Old Tale (Aladdin Picture Books)
Marcia Brown
Aladdin Paperbacks 1997-08-01
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日に日に秋が深まり、我が家の窓から見える桜並木の葉も鮮やかに色づいている。具沢山のあったかいスープが食卓に上ると、子どもたちの歓声があがる。スープが大好きな私にとっても嬉しい季節だ。
古今東西を通じ、スープは人々の空腹を満たし心を温めてきた。もちろん昔話や絵本の世界にも、ある時はこころの栄養の象徴として、ある時は家族の愛情のしるしとして、おいしそうなスープが数多く登場する。今日はそんな語り継がれた幻のスープの中から、とびきりおいしそうな一品をご紹介しよう。
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posted by えほんうるふ at 00:48 | Comment(28) | TrackBack(1) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月26日

天職は歩いてこない

4834000834ぐるんぱのようちえん
西内 ミナミ、堀内 誠一
福音館書店 1966-12

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日経ネットによると、全国のニート人口が推計85万人(2005年)に達するそうだ。
しかも、そのうち約半数の42万人が「将来の就職を希望していない」のだとか。
彼らは、何を生き甲斐に毎日を過ごしているのだろう。素朴に不思議である。

ニートの人々へのインタビューなどを見ると、「仕事をしなくても生きていけるからしない」というのはごく自然な選択だという声も聞くが、それって生きていると言えるのだろうか?
誰かのために自分が存在する。その存在証明となるのが仕事だと私は思う。
生まれてきただけで喜んでくれた親も、いつまでもいるわけじゃない。10代、20代の若い頃ならば、生活に困らず、気を紛らわすものに囲まれていれば気が付かないでいられるかも知れないが、いずれ自立を余儀なくされて自分を見つめざるを得なくなったとき、誰にも必要とされない人生に生きる喜びを見いだすのは困難なことだろう。

この絵本の主人公ぐるんぱは、まさしく誰にも必要とされないやっかいものだった。それでも仲間思いの象たちは彼の就職活動に協力し、身なりを整えて送り出してやる。そこでぐるんぱは張り切って片っ端から仕事につくのだが、(応募先がサイズ基準に厳しいメーカーばかりだったせいか)自分らしさを発揮するあまり、どこへ行ってもはみ出し者ですぐにクビになってしまう。
居場所を失ったぐるんぱが最後に辿り着いた先は、思いがけず、何度も否定された「ありのままの自分」こそが求められる職場だった。しかも、これまでの失敗に終わったキャリアで得た物もしっかり生かせる夢のような職場だったのである。
これこそ、人生において無駄なことは何も無いという分かりやすいメッセージではないだろうか。
かくしてぐるんぱは天職を得て、人と自分とを幸せにし、末永く幸せに暮らすのであった。

 
私も決して裕福ではないが食べ物着る物や進路選択に自分の自由意志を反映できる時代・環境に育ったので、ニート族の「気に入らない物を選ぶぐらいなら何もいらない、このままでいい」というある種傲慢な考え方に共感できなくもない。だが、せっかく若さという最強の切り札を持っているのに、実際にやってもみないうちから情報だけで判断して天職という一生の宝を得るチャンスに手を出さないのは実にもったいないと思ってしまう。

余談だが、私の弟は大学を出た後、新卒で旅行代理店→製パン業→情報処理業→造園業と、ぐるんぱも真っ青の異業種転職を繰り返している。その度に出戻り息子の先行きに不安になった母親の愚痴を聞かされるのには閉口するが、まあ本人の納得がいくまで色々やってみればいいと私は思う。が、姉としては、三十過ぎてんだから天職探し以前にとりあえず家を出て自活しろと言いたい。
どう見てもコドモなのに有無を言わさず世間の荒波に放り出されたぐるんぱを見習え、ぐるんぱを。

追記(2015.5.26):
その後、我が弟は最後に巡りあった造園業界に腰を落ち着け、
信頼できる親方の元で地道に頑張っているらしい。
もちろん、実家からは独立して元気に自活している。
とりあえずこの絵本並にはめでたしめでたしである。
ご心配頂いた皆様、ありがとうございましたm(__)m


【この絵本に関するお気に入りあれこれ】
・ポポタム!さんの【絵本ドリル】ぐるんぱはいつか、里帰りするでしょうか?
・【号外】やまねこ新聞社/山猫編集長さんのぐるんぱのほっぺの魅力を語る嬉しい話
・☆ブログ版☆「東京ホームレス」/村上知奈美さんの天職を語れる幸せに気づかされる重みのある感想
posted by えほんうるふ at 03:37 | Comment(10) | TrackBack(5) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月23日

そこの「距離無し」に告ぐ

4834001539わたしとあそんで
マリー・ホール・エッツ
福音館書店 1968-08

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自分で言うのもなんだが、私は表向きには人当たりのよいフレンドリーな人間である。
ここ半年ほど接客のアルバイトをしているが、どんなにムカつく客であろうと本人の前ではにこやかに対応できる自信がある。仕事だと思えば理不尽なクレーマーにペコペコ頭を下げるのだって全然平気だ。
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posted by えほんうるふ at 03:24 | Comment(13) | TrackBack(0) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする