2018年07月26日

別れても好きな人

マルラゲットとオオカミ (児童書)マルラゲットとオオカミ (児童書)
マリー・コルモン ゲルダ ・ミューラー

徳間書店 2018-02-20

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毎月、大人絵本会のお題絵本に関するレビュー(のような日記のようなもの)を開催日直前にアップすることだけがこのブログの更新サイクルになって久しい。
絵本は変わらず大好きなのだが、絵本について語ることに疲れているような気もする。
良い絵本悪い絵本談義が昔から苦手で、常に絵本に対しては単純に好き嫌いのみで語ろうとしてきた自分だが、このところそんな私でもさすがに悪書として唾棄したくなるような作品が大手出版社から平然と出版され、感性豊かな幼い子どもたちの元へと届けられる現状にうんざりしている。
絵本の世界に限った話ではないが、ある作品が世に残るかどうか、それを求める人々にきちんと届くかどうかが、内容如何よりマーケティングに左右される現実を思い知らされるたび、律儀に傷つく自分がいる。

実は今回の絵本も、似たようなテーマを扱った別のベストセラー絵本シリーズの影でひっそりと出版されていたものの(そして内容的にはこちらの絵本の方がはるかに素晴らしいと私は推しまくっていたものの)、そのささやかで美しい佇まいのままひっそりと絶版となり、またしても知る人ぞ知る名作として自宅の書棚に安置されていたものだ。
絵本好きの仲間が居て嬉しいのは、そんな私のささやかな推しを覚えていてくれる人がいて、新刊絵本の出版情報に疎い私に、こういった名作の復刊ニュースをいち早く知らせてくれるのだ。
とてもありがたい。持つべきものは価値観を共有できる推し友である。

そんな復刊喜ばしい本日の絵本「マルラゲットとオオカミ」は、実は過去ログで既に一度採り上げている。
ただしその際は、マルラゲットのことを語る以前に私の嫌いなとある絵本シリーズをdisるのに忙しく、マルラゲットはほとんどおまけのような扱いであった。
それでは気が済まないので今回改めてマルラゲット絶賛レビューを書く所存である。


絵本の世界では、現実の自然界での食物連鎖はしばしば無視される。動物たちは肉食動物も草食動物も関係なく一緒くたに仲良しこよしで何食わぬ顔で日常生活を送っていたりする。
私はそれはそれで全然構わないと思う。ファンタジーなのだから、なんでもありだ。
もちろん、敢えてその弱肉強食の絶対法則をベースに双方の攻防を物語にした名作も古今東西にたくさんある。三びきのこぶた然り、おおかみと七ひきの子やぎ然り、ぶたのたね然り、おまえうまそうだな然り、どうぶつさいばん然り・・・ああ、キリがない。

相容れぬ関係だからこそのドラマをいかに描くかというのは永遠のテーマで、とても面白い。
これは想定されるメイン読者である子どもたちへの教育的観点というより単純に私の拘りだが、敢えてその「自然界の大原則」に則って物語を作る場合、その落とし所には作者の本質的なセンスや価値観がモロに反映されるように思えてたいへん興味深い。
つまり、自分にとっての良書・贔屓作家を見つけるのに、かなり信頼できる指標になるのだ。

「マルラゲットとオオカミ」は、その点で私にとってはアカデミー賞ものの傑作である。
別にリアリティを追求しているわけでもなく、充分絵本らしいファンタジーである。
絵自体はものすごく上手なわけではないが、色使いと構図がとてもいい。
私は絵本に登場する狼の作画にはかなりうるさい方だがこの絵本はその点ももちろん合格。とても素敵なオオカミだ。
そしてこの絵本の何よりも素晴らしいところは、子どもにも理解できる無理のない話の流れで、無邪気な親愛の情がやがて愛ゆえのエゴになり、それが破綻した時に子ども自らが「愛するがゆえの別れ」を選ぶまでの大きな心の成長の過程を描いているところだ。
エンディングの余韻がまたなんとも良いのだ。胸が締め付けられるが、そこにはあたたかさもある。
読むたびに、地味だけれどすごく素敵な映画を観たような満足感に満たされ、ああ絵本っていいなぁとしみじみ思える。ベタ褒め(笑)。


ところで、前述の過去ログでケチョンケチョンに切り捨てた件の感動ベストセラー絵本シリーズだが、私はやはり未だに好きになれない。
ネットを検索しても悪評価の方が探すのが難しいぐらい相変わらず絶賛されまくっているし、私が信頼する絵本好きの友人たちもほぼ皆さん一定以上の評価をしているのだから、きっと間違いなく価値ある作品なのだろう。
でも、私は嫌いだ。どれだけマジョリティに絶賛されていようが、私は私の世界の中心でこれを叫ぶ。

ちなみに件の作家氏は別の著書内で「童話作家ほどオイシイ商売はナイ」と豪語しているが、確かに徹底したマーケティングによる「売れる作品づくり」の大成功例として、これほどの好例はないのかも知れない。
そういえば、同じように一攫千金を狙って自己流の読者マーケティングに基づいた絵本もどきを作り、マスコミで話題になって一時は持て囃されたものの、あっという間に馬脚を現した某自称「世界一の絵本作家」がいる。読者ではなく消費者向けに特化した作品作りをすれば、どれほど稚拙でお粗末なクオリティでも売り方次第では売れてしまう、というこれまた残念な好例である。

だが、売らんかなで作られた絵本、子ども向けを装って実際はそれを買う大人向けに媚びまくった絵本。作り手というより売り手の計算が紙面から読み取れてしまう時点で私にとってそれらは一様に唾棄すべき濫造商品でしかない。
出版社も書店も営利企業である以上、売れてなんぼであることは仕方がない。それでも、仮にもこの国の文化形成を担う産業の一端として、せめて子ども向けの絵本や児童書を扱う部署にはそれなりの矜持を持って仕事をしてほしいと願わずにはいられない。
posted by えほんうるふ at 09:41 | Comment(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月24日

遺された本当に豊かな時代への夢

だるまちゃんとかみなりちゃん (こどものとも絵本)だるまちゃんとかみなりちゃん (こどものとも絵本)
加古 里子

福音館書店 1968-08-01

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大型連休の終わりに飛び込んできた、加古里子さんの訃報。
全国の絵本好きのご家族は、大好きなおじいちゃんを喪いどれほど悲しんだことだろう。
思えば我が家にとっても、親子2代に渡りこれほどにたくさんの作品に親しんだ作家さんは他にいない。
あまりにもその存在が当たり前になっていて、ご高齢であることは知っていても、いつかお別れが来ることを想像すら出来なかった。

既にたくさんの方が、素晴らしい絵本の数々を遺してくれた加古さんの功績を讃え、惜しみない感謝と追悼の意を表している。
遅ればせながら、私もここで私なりに加古さんとその作品への想いを綴っておきたい。


子どもたちが幼かった頃、私が絵本を選ぶ時に漠然と想定していた絵本のタイプが三種類ある。
主食絵本、副食絵本、おやつ絵本だ。
主食絵本は一日何度でも食べるもの。夢と生きる力を与え、心を育てるものがたり絵本。
副食(おかず)絵本は、知識と知恵で頭と身体を育てる知識絵本や科学絵本。
おやつ絵本は、子どもたちがハッピーになれるなら、ジャンクでも何でもありのお楽しみ絵本。
そんな分け方をついしてしまうのは、私が自分の母親業を食事をメインに考えているからだろうか。
そして加古さんの絵本は、我が家の副食絵本として不動のリピート率を誇っていた。
一言で言って、加古さんの絵本はどれもこれも「栄養たっぷり」なのである。
しかも、おいしい。おいしくて頭も心も強くなるなんて最高じゃないか。
本当に、全ての子どもたちに味わって欲しいと思える作品ばかりなのだ。

私自身と加古さんの絵本との出会いは相当昔に遡る。
幼いころ、父の知人が来訪の折、何冊かの絵本を子どもたちにと置いていってくれたうちの一冊が、加古さんの「とこちゃんはどこ」だった。
私は飽きること無く毎日その絵本を開き、隅々まで時間をかけて眺めたものだった。
実家は商売が忙しく、家族揃っての外出の機会はめったに無く、幼い私の行動範囲はひどく限られていた。
だから私はとこちゃんとその家族と一緒に色んな場所へ出かけ、色んな人に出会った。
それはわくわくする体験だった。乏しい私の生活経験値をどれほど補ってくれたことだろう。

この作品に限らず、かこさんの絵本にはいつも、溢れるほどのモノが描かれていた。
「ことばのべんきょう」然り、「からすの○○やさん」シリーズ然り、だるまちゃんシリーズ然り。
圧倒的な物量と選択肢。その眩しいほど豊かな世界に幼い私は惹きつけられ、うっとりと憧れた。
その作風はまさしく、「○○がほしいよう」と無い物ねだりをするだるまちゃんに、なんとか応えてやろうとあらん限りのものを並べてみせる、子煩悩な父親だるまどんの姿に重なる。
絵本を目にする子どもたちに一つでも多くのものを見せてあげたい、一人でも多くの子が自分だけのお気に入りを見つけられるようにという、みんなの父親たる加古さんの、大きな愛と溢れるサービス精神の顕れのように思えるのだ。
或いは、加古さんご自身が、欲しくてもモノが無かった幼少期を経て、一気に生活が豊かになった高度成長期に父親になったことを思えば、絵本に表すことで時代の恩恵を全ての子どもたちに等しく享受させてやりたいと考えるのはごく自然な姿だったのかもしれない。

とにかく、加古さんが描く絵本には、人類の英知と進歩を信じる未来への夢と希望が満ちていた。
果たして、彼が子どもたちの未来にと思い描いた時代は来たのだろうか。
確かに技術は進歩した。雲の上のかみなりちゃんの家の生活の一部は、既に我々の日常になった。
でも残念ながら、人間がそれに見合う成長ができているとはとても思えない。それどころか、便利な世の中で人はどんどん馬鹿になっているような気さえする。
そんな時代の流れを、加古さんはどんな気持ちで見つめてきたのだろう。
まだまだ遠いと思っていたからこそ、晩年もあれほど精力的にお仕事をされていたのではないだろうか。

たとえどれほど道が遠かろうと、残念な遠回りの途中であろうと、加古さんが遺してくれた子どもたちの笑顔が輝く未来への夢を、私たちは忘れずにいよう。
加古里子さん、ありがとうございました。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
posted by えほんうるふ at 08:30 | Comment(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月25日

雰囲気イケメン入門

うさぎさんてつだってほしいのうさぎさんてつだってほしいの
シャーロット・ゾロトウ作 モーリス・センダック絵

冨山房 1974-11-05

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金に飽かした演出のもと、デートで歯の浮くようなセリフも囁いても許されたバブル期。
その崩壊と共に絶滅したと思われたファッションとしての気障は、平成も終わろうという今、一周回ってまたモテのスタイルの一つとして復権しているような気がする。
ただし、それは昔ながらの見た目まんまの様式美としてのダンディさではなく、ダサいに堕ちるスレスレのところで究極のカッコよさを主張し、さらにそれを人にいじってもらって初めて成立するような、いわばウケ狙い前提のセンスと計算を要するスタイルに進化しているようだ。
つまり、今どき気障を気取るのは、もれなく周囲からのツッコミを期待できる芸人ならばいざ知らず、素人が手を出すには相当ハイリスクハイリターンな手段と言えよう。
と同時に、見方を変えれば、この際実際にルックスが良いか否か必ずしも結果に直結しないという意味で、万人に等しくチャンスがあるとも言える。

というわけで、それならばと思い立った男性諸氏に気軽に「はじめての気障」にトライして頂くべく、分かりやすく美しい、THE・KIZAの王道フォルムが図解された素晴らしいテキストを紹介したい。
それが今日の絵本、「うさぎさんてつだってほしいの」である。
さすがゾロトウとセンダックの二大巨匠である。もう文といい絵といい無駄がない。
折角だからこの際自分も「カッコイイ」を身体で表現してみたい!でも、いきなりジョジョ立ちみたいなのはキャラ的にちょっと・・・という御仁にも安心してオススメできる、さりげないフォームが豊富に図解されている大変親切な絵本である。
しかも、少女からオバハンまで女子を自称する乙女の心を絶妙にくすぐる、優しそうで優しくないちょっと優しい言い回しの例題も豊富に掲載されている。最強だ。

さあ、これさえあればあなたも今日から雰囲気イケメンの仲間入り。
あなたが本当のイケメンならどうぞそのまま王道を突っ走って我が世の春を満喫して頂きたい。
そうでない場合でも諦めることはない。寒い空気を力技で笑いに持っていく覚悟さえあれば、勝機はある。
諸君の健闘を祈る。
posted by えほんうるふ at 19:31 | Comment(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月19日

ある絵本図書館の話

新年一本目のエントリーとしてはあまりにも残念な内容になるが、久しぶりに腹に据えかねることがあったので、やはり時をおかず記しておこうと思う。

ビットコインには手を出したことがない私だが、ネットを介した投資といえばクラウドファウンディングには何度か出資をしてきた。
いずれも出資者への謝礼内容に惹かれたわけではなく、ましてリターンを期待する投機的な気持ちも毛頭なく、ただ単純に面白そうだったり意義があると思える活動を応援するつもりで純粋に寄付としてやってきたことだ。だから、各事案が後にポシャることはもちろん想定内で、それでも惜しくない程度の微々たる支援しかしてきていない。
ただ、折しもつい最近、私が3年ほど前にそのシステムの存在を知り初めて実際に出資してみた案件が、どうにも残念過ぎる顛末になっていることを人づてに知り、何とも嫌ぁ〜な気持ちになったので、自分への戒めも込めて書き残しておこうと思った。

それは、地域住民の交流の場としてごく小規模な私設の絵本図書館を作りたいという話だった。
私にとっては同じ区内というご近所の縁もあり、もちろんどんな形であれ人々が絵本を楽しむ場が増えるのは大歓迎だし、なにより建物が大正時代に料亭だったという古民家物件でとても素敵な雰囲気だったので、あまりよく調べもせず気軽に応援出資をしてしまったのだった。

現地に行ってみると、建物と環境は確かに噂通りに趣があり素敵だった。蔵書は全て寄贈で賄うとのことだったので、私も一番好きな絵本を一冊持参しメッセージと共に納めた。
ただ、実際に館長を名乗るS氏に話を伺ってみると、ご本人の好きな絵本に対するコメントが妙に浅く、特に絵本というメディアに思い入れがないのがすぐに分かり拍子抜けした。さらに話すほどに、絵本出版についても図書館運営についても私以上に何も知らない素人であることが分かり、語られた今後の運営方針の曖昧さに首を傾げるところも多く、聞けば聞くほど「大丈夫なのー?」という印象が強くなったものだった。

それでも、絵本好きとしてご近所にそれを楽しめるスポットができるのは喜ばしかったし、新しい試みに挑戦するのは悪くないだろうと応援するつもりでいた。
当時の職場が近かったので、何度か様子を見に立ち寄ったが、いつもそれなりに地元の親子連れで賑わっていて、放課後の時間帯には小学生達もいたりご近所のお年寄りも顔を出したりして、当初のコンセプト通り地域の異世代交流の場として機能しているようだった。

だが、それからほどなくして折り入って相談があると代表者に呼ばれて行ってみると、絵本や図書館の話ではなく、区議選に出馬するので「えほんうるふ」として公的に(?)応援してもらえないか、という話をいきなり切り出され、ポカーンとしてしまった。
ハァ?である。開館から日も浅く運営も未だ中途半端なのに何を言ってるんだろう?
もちろん、はっきりお断りした。冗談じゃない。
私が出資した僅かな費用や寄贈した絵本はそのまま地元の皆さんの交流に役立ててもらえればそれでいいと思い、それ以来一切の交流を絶ち、現地に足を向けることもなくなった。

ところがつい先日、友人が久しぶりに問い合わせをしようとしたところ、サイトは閉鎖されていて絵本図書館だったはずの古民家はレンタルスタジオとして営業していることが判明。
不審に思った友人がクラウドファウンディングの運営会社を経由し連絡をとると、ほどなく代表のS氏から直接電話が来たそうだが・・・なんと、号泣しつつひたすら己の至らなさを詫びるばかりという唖然とするような内容だったという。
地元無視の区議選出馬で地元民にそっぽを向かれ、図書館は閉鎖、私や友人達が寄贈した絵本も知人に配るなどして勝手に処分していたそうで、あまりの杜撰さ幼稚さ無責任さに怒る以前に呆れてしまった。

どんなに綿密に計画を立て誠実に運営したところで、新規事業がポシャることはいくらでもある。それはもちろん想定内なので別にいい。ただダメならダメで、関わった人々、協力してくれた人々に詫びを入れるなり最低限の筋を通すのが社会人として当然のケツの拭い方、もとい、責任のとり方ではないだろうか。
何より、私がどうにも許しがたいのは、この絵本図書館が全ての蔵書を善意の人々からの寄贈で賄っていたこと、しかも「不要な絵本ではなく、思い入れのある『大切な絵本』を寄贈して下さい」と呼びかけていたことだ。
そうしてタダで集めた大切な絵本たちを、寄贈者に無断で無責任に処分していたとは!
活動の主旨に賛同しその呼びかけどおりに思い入れのある絵本を寄贈した人たちの思いを何だと思っているのか。あまりに酷すぎる所業である。
どれほど状況が追い詰められていたとしても、せめて、HPなりSNSなりで告知して、絵本の寄贈者に「大切な絵本」の返却を申し出ることぐらいできただろう。
100歩譲って悪気がなかったとしても、責任能力があるはずの大人が人として最低限のことが出来ないほど愚かであることは、悪意をもった犯罪者と同様に人を傷つけかねないということを思い知らされた。

かくいう私も相手を良く知らないままに賛同し出資し、安直にSNSで紹介もしてしまったことを猛省している。私のRT等を見てこの企画を知り、賛助してしまった人がいたとしたら、本当に申し訳なく思う。この場を借りてお詫び致します。

私が寄贈した「やっぱりおおかみ」は今どこにあるのだろう。まさかウチの近所のブックオフにあったりして。せめて、どこかの絵本好きのお宅の蔵書となっていることを願うばかりだ。
確か、かの図書館の蔵書印と共に寄贈者として「えほんうるふ」の名前もどこかに入っていたと思うので、見かけた方は是非ご一報下さいませ。
せめてそんな奇縁に繋がれば、痛い勉強をしたエピソードの救いになりましょう。
posted by えほんうるふ at 22:15 | Comment(2) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月23日

オトナ向け絵本について、再び。

華々しき鼻血華々しき鼻血
エドワード ゴーリー Edward Gorey

河出書房新社 2001-11-01

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私は「大人向け絵本」と称されるジャンルの絵本全般にかなり強いアレルギーがある。
単なる偏見だろうとも思うのだが、これがなかなかどうして根強くて、小洒落た書店でうっかり「大人向け絵本コーナー」なんてポップを見かけようものなら、それだけでもう鼻がムズムズして目が痒くなり動悸が激しくなる。ぐらいの気分にはなる。困ったものだ。
かつてこのブログを始めるにあたり、訪れる読者の多くは間違いなく大人かつ絵本好きだろうと想定して、そんな私の頑固な体質或いは認知傾向についてはなるべく早く表明しておかねばと思い、初期のエントリーでもわざわざ偉そうに書き残している。

だが、そんな私が初めてこのブログでR指定絵本の傑作として紹介したのが、他でもないこの「華々しき鼻血」であった。
念のため当時のエントリーを読み返してみたところ、何ら今も思うところに変化無しだったので、超長文を読みやすいように若干体裁を整えるにとどめて、そのまま今夜の大人絵本会の参考レビューとして挙げておこう。作者エドワード・ゴーリーの人物像が伺えるインタビュー集についても触れているので、興味のある人には参考になるかと思う。
(過去ログ)活字中毒のオトナに贈る絵で読むホラーコメディ


思えばあれから十数年もの時が経った。
その間に出会ったたくさんの素晴らしい絵本の中には、ある程度の人生経験があればこそ味わえるだろうと思えるものや、子どもに読ませるにはもったいない、むしろ大人のお楽しみとしてこっそりとっておきたいような、まさしく「大人向け」の傑作と思える作品も少なからずあり、改めて、絵本の世界の豊かさと懐の深さに感動と感謝をおぼえ、そしてこの先どんな作品に出会えるだろうという期待におとなげなくワクワクしてしまう。ムフフ。

というわけで私の「大人向け絵本アレルギー」は順調に寛解へ向かっている。めでたい。
ところが、安心してはいられないのだ。
なんとも鬱陶しいことに、このところ「子ども向けを装った」「思いっきり大人向けの絵本」なんてものが企画・出版されていて、そのデカくて醜悪な釣り針に気が付かない大人たちが面白いように釣れるものだから、金の匂いを嗅ぎつけたマスコミにもてはやされ新作ベストセラーに飢える絵本出版界が飛びつき作者はドル箱扱いされているとか・・・

私もその話題の一冊を恐る恐る立ち読みしたことがあるが、もはや絵本というより質の悪い大人のおもちゃのように思えるシロモノで、個人的には手に取るのも憚られる最悪の部類であった。ぺっぺっぺ、である。
せっかく克服しつつあるアレルギーなのに、うっかりこういうものを手放しで絶賛している人のレビューなど目に入ろうものなら、恥ずかしさのあまりアナフィラキシーを起こしそうで大変危険である。くれぐれも、慎重に距離を置かねばならぬ。
そして私と私の愛する人々の穏やかな老後の為にも、心ある人には地道にその危険性を訴えていく所存である。

posted by えほんうるふ at 01:29 | Comment(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月04日

おおかみが泣いた日

やっぱりおおかみ (こどものとも傑作集)やっぱりおおかみ (こどものとも傑作集)
佐々木 マキ

福音館書店 1977-04-01

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私は泣いたことがない。
いや、私も人並みに映画や本に涙を流したことはいくらでもあるのだが、
卒業式だとかお葬式だとか、周りの人がガンガン嗚咽しまくっているような場に限って
何故か妙に落ち着いてしまい、涙が出てこなくなるのである。
泣くに泣けないクールな自分を持てあましては、しおらしく嘘泣きを目論見、
目頭をハンカチで押さえてごまかしたことは数知れず・・。

そんな私が昨日、その場の誰もが泣くどころかむしろニコニコと笑っている状況で、
ただ一人、号泣しながら積年の想いを語るということを経験してしまった。
自分でも想定外の事態で正直焦ったが、流れ落ちる涙はどうにも止まらなかった。


いったい何があったのかというと、
私が3年前に始めたtwitterの大人絵本会つながりのご縁で、
元福音館書店の編集者である関口展さんにお会いできたのである。
正確には、関口さんの講演会を企画された茅野市の今井書店の高村店長が、
「関口さんに、是非えほんうるふを紹介したい」と直々にお声掛け下さったのである。

なんということだろうか。
関口展さんは、「えほんうるふ」と「オトナノトモ」が生まれるきっかけとなった
私にとって人生で一番大切な絵本、「やっぱりおおかみ」を担当した名編集者さんなのだ。
しかも、講演のタイトルが「僕が好きな評判の悪かった絵本」とは心憎い。
もうそれだけでドキドキワクワクで、すっかり舞いあがり指折り数えて楽しみにしてきた。


そして待ちに待った当日。
関口展さんは、軽快な語り口で、かつて福音館書店において「母の友」「おおきなポケット」
「こどものとも」等、数々の月刊誌の編集長としてご自身が携わった作品をご紹介くださり、
その楽しくもシビアなプロの世界のエピソードにぐいぐい引き込まれた。
「わにわに」シリーズや、「ごろごろにゃーん」「あな」など、関口さん仰るところの
「大好きなのに何故か評判の悪かった絵本」は、やはり私も大好きな名作ばかり。
これをみんな関口さんが手がけていらしたとは、何かのご縁を感じずにはいられない。

そしていよいよ、「やっぱり おおかみ」である。
それまで穏やかな笑顔を浮かべ、いたって冷静に関口さんの話を聞いていた私は、
やおら姿勢を正し、不用意に取り乱さないようにと警戒態勢に入った。
それなのに、ああそれなのに。
関口さんが絵本を手に取り、ほんの数頁読み聞かせてくれただけでもう涙が溢れてきた。


「け」

「おれに にたこは いないかな」

「おれに にたこは いないんだ」



「おれににたこ」を探し続けた日々。
部屋の片隅で絵本を抱きしめて、何度も何度も「け」と声に出して自分に言い聞かせた日々。
自意識過剰で孤独でワガママでいきがっていた私を、ずっとずっと支えてくれた本だった。

今現在の、マイペースで厚かましくて物事に動じない顔をした私しか知らない人には
想像つかない姿かもしれないが、私にも確かにそんな頃があったのだ。
そしてあの頃があったから、今の私がある。

この絵本があったからこそ、絵本について語りたい思いがあふれ、このブログが出来た。
この絵本への想いも、ブログで改めて文章にしてみたら、何だかすごく勇気がわいてきた。
そして心に溜まった気持ちを吐き出すように、どんどん記事を書いていたら、
あんなに必死に探しても見つからなかった「おれににたこ」たちが、
ひとりふたりと現れ、びっくりしながらも、とてもとても嬉しくなった。

その後も細々とブログを更新し続けたことが、ツイッターを始めることにもつながった。
そしてツイッターで呟いてみたら・・・

そこには広い空があった。
ちょうど、あのおおかみのこが気球を放ったあの空のように、広い広い空が。


だからもう私には、おれににたこ探しは必要なくなった。
私は私のままでいいし、こんな私もこんな世界も、けっこう好きだと気がついたから。



・・・そんな想いがぐるぐるといっぺんに溢れてきて、瞳の端からぽたりぽたりと膝に落ちた。
慌ててタオルを取り出して、客席でそっと涙をぬぐっていたら、
いつの間にか質疑応答の時間になってしまった。
ふと視線を感じて顔を上げると、司会の高村店長が真っ直ぐに私に見て
ニコニコと笑いつつ意味深な視線を送ってくるではないか!
ヤバイ、これはヤバイ、ダメ、ゼッタイ!!と焦る私の必死の視線を笑顔でスルーして、
ここぞとばかりに私を指名する店長・・
グチャグチャの顔と気持ちのまま、立ち上がって皆さんに挨拶をすることになってしまった。

・・・正直、もう胸がいっぱいいっぱいで、何を話したのか良く覚えていない。
ただただ、この絵本を、恐らく万人ウケしないことを重々承知の上でこの世に送り出し、
私に出逢わせて下さったことに、とにかくお礼を言いたかった。
絶対に私だけでは無い、この絵本に支えられてどうにか大人になれた子ども達を代表して、
この想いを伝えたかった。

佐々木マキさん。関口展さん。

今井書店の高村志保さん。

この絵本に関わった全ての方々。

本当に、本当に感謝しています。愛してます。

ありがとうございます!!




こんなふうに、自分が号泣した話をことさら感傷的にブログに書き残すなんて、
タダでさえ思いこみの激しい人間が、思い切り自分に酔ってる残念な様を晒しているようで
よく考えれば人前で泣くことよりもっと赤っ恥もいいところだ。
でも、おばさんになって良かったことの一つは、恥をかくのが怖くなくなるのだ。
誰に笑われてもいい。私は私のためにこの話をここに残したい。

ちなみに、この文章を書く間も、やっぱり涙が止まらなくて、
もう私の顔は涙と鼻水ですごいことになっている。
かくして私は、涙は飾りじゃないということを改めて思い知るのであった・・。


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posted by えほんうるふ at 11:48 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月08日

私が愛した飴細工

IMG_5921.jpg
あめぴょんは千駄木にある飴細工屋「飴細工吉原」の公式マスコットキャラクターだった。
本家HPでのプロフィールは既に削除されてしまったので、「ご当地キャラカタログ」より
あめぴょんのプロフィール(これもいつまで表示されるか分からないが…)

私はたまたまツイッターのタイムラインを眺めていてこの存在を知ったのだけれど、
愛らしい見た目に似合わぬツイッターでの毒舌とオタ臭丸出しの変態キャラが面白くて
一目見てファンになり毎日のようにその呟きを眺めていた。
実際にお店に行き、作ってもらったあめぴょんは今でも冷蔵庫で大事に保管している。

あめぴょんの専属事務所(?)であった飴細工吉原は日本で(つまり世界で)唯一の
飴細工店という存在の希少性もあって、2008年の開業以来じわじわと人気を集め、
谷根千コミュニティ誌や雑誌等をはじめ、民放の情報番組やNHKにも度々登場している。
もちろんお店は有名になり、飴屋らしくホワイトデーなどにはかなりの混雑ぶりだったと聞く。
ツイッターでのカルト人気がどう影響したのかは分からないが、
知る人ぞ知るご当地ゆるキャラとしてあめぴょんの認知度も高まっていたはずだ。

そんな矢先、あめぴょんが突然ツイッターでこんな告知をした。

【重要告知でス】『あめぴょんは中の人の変更によって設定・話し方(でス)などが変わり外見以外が一新されTwitter,blogなども終了致します。続きを読む
posted by えほんうるふ at 17:21 | Comment(5) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月31日

百聞は一見にしかず、百見は一歩にしかず

大晦日にブログを更新するのは初めてだ。
もちろん、年内にやるべき雑用のあれこれが綺麗サッパリ片付いたわけではなく、
むしろ色々な年内TODOをまとめてテーブルの向こうに追いやり、こうしてPCに向かっている。
何故なら、あと1件記事を更新すれば、「月1回以上ブログを更新する」という今年の目標の一つをなんとか達成できるからである(笑)
それでも実際には「平均」月1回の達成なのだが、年初に立てた目標が一つも達成できずに終わるより、ずっと気分良く新年を迎えられそうな気がするではないか!

そんなわけで、年末らしく今年の自分の10大ニュースなぞ考えてみた。続きを読む
posted by えほんうるふ at 18:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月17日

Twitterはツンデレ男だった

前回のエントリー:Twitter にもの申すで、私はTwitterや携帯メールに代表される短文即発信型コミュニケーションの発達が、日本人の国語力・文章力の低下を招いているのではないかという仮説を述べた。さらに、このまま即時性・効率性重視の情報システムに依存して大衆が頭や手足を使わなくなると、生身の人間自体はどんどんつまらない存在になってしまうのではないかという懸念すら訴えた。
とはいえ、いずれも自分の思いこみだけで説得力がないので実際に使ってみることにした。
あれから1週間。さて、私はこの新しいサービスから何を学んだのか。

結論から先に言うと、私の仮説はあまりにも短絡的だった。
ぶっちゃけ、Twitterは予想以上に面白かったのだ。面白いだけでなく、私の想像をはるかに超える汎用性をもつサービスで、自分がどれだけ井の中の蛙だったかを思い知らせてくれた。
食わず嫌いで投げ出さずに良かったと心から思い、応援してくれた夫や友人達に感謝している。

続きを読む
posted by えほんうるふ at 22:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月10日

Twitterにもの申す

きーちゃんの部屋携帯メールとTwitterというエントリーを読んで以来、ちょうど自分もここしばらく世の中を眺めて感じていたことをまとめておきたくなった。
久々に絵本と関係のない記事なので興味の無い方はスルーされたし。

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posted by えほんうるふ at 15:10 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月26日

一周年

早いもので我がオトナノトモも気がつけば開設から1年が経った。
不定休どころか気が向いたときしか開店しないうえ、口当たりの良さなど全く考慮せず独自の味を頑固に貫く、偏屈店主のラーメン屋のようなブログでも、1年もすればそれなりに馴染み客が出来るのだから世の中捨てたモノではない。今後もなんとかこの調子で細く長く、儲け度外視の趣味の店路線を突き進もうと思っているので、どうか読者の皆さんも気長におつきあい願いたい。

ところで1周年を記念してアンケート企画なんぞやってみよう。
今後のオトナノトモで、えほんうるふ流の強引な解釈を読んでみたいという絵本がありましたら、ぜひご一報を。
必ず記事にするというお約束はできませんし、ご存じの通り更新ペースが気まぐれなブログゆえ下手すると数年先になるかもしれませんが(^^;)、挙げていただいた作品は必ず一読し、機会があればこちらでレビューを書かせていただきます。
「ちょいとアンタ、これなんかどうよ?」
…てな感じでお気軽にひとつよろしく♪

※ちなみに今までレビューを掲載した絵本のタイトル50音順リストはこちら

posted by えほんうるふ at 23:15 | Comment(48) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月01日

謹賀新年

去年スタートしたばかりのこのブログに、縁あって訪れてくれた全ての人に心からの感謝と、新年のご多幸をお祈りします。
皆様、今年も私の独り言にどうぞお気軽にツッコミを入れてください。よろしくお願いしますm(_ _)m

腰痛療養中ということで大雪の降った夫の実家への帰省を免れ、生まれて初めて新年をたった一人で迎えている。淋しいかと思いきや、一年の初めにこんなふうに一人で落ち着いて考え事ができるのは本当に久しぶりで、清々しく新鮮な気分だ。
今年もまた、絵本を通じて素敵な出会いがありますように。

posted by えほんうるふ at 08:24 | Comment(36) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月11日

実はこうなんです

開設から約半年を経てようやく一日のユニーク訪問者数が150人に達したことをささやかに記念して(?)、いままで放置していたこのブログについての解説を書いてみた。
縁あってこのブログに辿り着いた一見さん向けのRead Meであるが、ちょっとだけ私のプロフィールにも触れているので、なんとなく常連になっていただいている読者の皆様にも、私からのあらためてのご挨拶として読んで頂けたらと思う。

通常、こういったプロフィール情報はサイドバーに載せる単独コンテンツとして作るようだが、トップページのレイアウトをできるだけシンプルに保ちたい私はこれを「ご案内」カテゴリーの記事の一つとして作成してみた。というわけで開設から半年後の今になってこのブログと管理人の自己紹介文が新着エントリーとしてトップページに並ぶというかなりマヌケな状態になってしまった。こんなとき読者が少なくて良かったと思うが、「だったらこうすりゃあいいのに」という粋なやり方をご存じの方がいたら、後学のために是非教えて頂きたい。m(_ _)m

posted by えほんうるふ at 16:57 | Comment(10) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月17日

絵本おじさんとオトナの遠足

私がこのブログを初めてまだ数ヶ月しかたっていないのだが、我ながらあまりフレンドリーとは思えないここの文章を何故か気に入ってくれ、マメに立ち寄ってくださる奇特な人が何人かいる。その中でもまさに類が友を呼んだというか、個性の際だつ素敵なオトナ友達として私が密かに慕っていた人が、「絵本おじさんの東京絵本化 計画」の絵本おじさんその人だ。
 
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posted by えほんうるふ at 09:46 | Comment(18) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月19日

「てぃんかあ・べる」さんのこと

私のお気に入りだった絵本と玩具のお店が来月閉店することになった。
愛知県豊橋市にあるそのお店「てぃんかあ・べる」
は、25年前、絵本の魅力にとりつかれたご主人が脱サラしてご夫婦で始めたお店だ。開店当時に地元の新聞に掲載された記事を読ませていただいたが、絵本専門書店自体が珍しい時代に、絵本と子どもたちへの愛にあふれたこだわりの店作りに奮闘していた様子が伺えて、胸が熱くなった。
 
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posted by えほんうるふ at 00:37 | Comment(11) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月26日

トラックバック考・追記

前回の「トラックバック考」でのコメント応酬の中で、どうも私はTBの扱いについてもマイノリティであるらしいと分かり、おいおいまた気がつけば異端派かよ、と苦笑した。
 
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posted by えほんうるふ at 02:37 | Comment(5) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月22日

トラックバック考

先日、私が自分のサイトでとりあげた絵本について、とある方がたいへん詳しい面白い解説をご自分のサイトで記述なさっていたので、コメントとトラックバックをつけた。後日、先方のその記事を自分の記事を読んだ方にもぜひ紹介したいと思い、改めて先方の記事に「よかったらトラックバックお願いします」とコメントを付けた。
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posted by えほんうるふ at 08:41 | Comment(8) | TrackBack(1) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月10日

オトナ向け絵本について。

私は「大人向けの絵本」が苦手な人間の一人である。
あるいは、大人向けとして売られている絵本の作られ方・売られ方が嫌いなのかも知れない。
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2005年04月04日

トラックバック・ピープルを作ってみた。

暇さえあれば絵本書評の載っているブログを訪ねて回っているが
やはり子どもへの読み聞かせを前提に書かれているものが多い。

いや、私だって毎晩子どもの月齢や興味を鑑みて(自分の趣味は
ともかく)彼らの為に選んだ本や、自分は大嫌いなのに子どもが
気にいっちゃってる絵本
なんかも読み聞かせしてはいるし、
それはそれで予想通りの反応があったり無かったりでなかなか
面白く、やりがいのある作業なのだが・・。
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posted by えほんうるふ at 11:05 | Comment(14) | TrackBack(0) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月30日

こどものともは今も友

日本全国の絵本好きがリスペクトして止まない存在、それが福音館書店の月刊物語絵本「こどものとも」である。
1956年の創刊以来、オリジナリティあふれる創作絵本を世に送り続け、数え切れないほどの改訂・増刷を経てなお、世代を越えて愛され続ける名作が数多あるという読者層の厚さと人気を誇る月刊誌なのである。

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posted by えほんうるふ at 10:34 | Comment(5) | TrackBack(1) | 日々のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする