2020年01月28日

ご近所の天女さま

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天女銭湯

ペク・ヒナ 作
長谷川義史 訳

ブロンズ新社 2016年8月
出版社詳細ページ

私が通っているヨガスタジオの常連さんは、いかにもストイックな雰囲気の方が多い。
スタジオや更衣室内は私語禁止というルールのせいもあってか、空き時間に常連同士でおしゃべりに興じるようなこともなく、皆さん黙々とレッスンをこなしている。かといって別に殺伐としているわけでもなく、お互いのペースを尊重し、淡々とそれぞれマイペースに自分の身体と向き合っている、そんな雰囲気が私にはとても居心地が良いのだ。
趣味の場で馴れ合いやしがらみフリーのまま、伸び伸びと一人の時間を堪能できることがこれほど快適に思えるなんて、私もよほど実生活での人間関係に疲れているのだろうか・・。

それでも、そんな常連さんの中で唯一、私が会う度に言葉を交わす人がいる。
仮にその方をMさんと呼ぼう。Mさんはとても可愛らしいお婆ちゃんだ。お年を訊いたことはないが、少なくとも70代の私の母よりはかなり年上に見える。いつもきちんとメイクをされ装いもお洒落なMさんはお年を召していても華やかな雰囲気で、かといって毳々しいわけではなく、むしろ幼女のように無邪気な印象のある方なので、きっといいとこの奥様なのだろうと勝手に思っている。

そんなMさんと私が言葉を交わすようになったきっかけはとてもシンプルだ。ある日、更衣室で帰り支度をしていた私に、突然Mさんが「これあげる」と冷えた缶ジュースを差し出してくれたのだ。
よく見かけるけれど話したことはなかったMさんからのいきなりのプレゼントに戸惑って、咄嗟に「ええっ?い、いいんですか?」と言葉を返した私に、Mさんはニッコリとこともなげに言った。

「いいのいいの、あなた素敵だから、あげる。」

なんてこった。その妙にストレートな言葉とあまりに邪気のない笑顔に、一瞬言葉を失った。
でも、いつもなら見知らぬ人の突然の親切だとか突然の褒め言葉には感謝よりも警戒が先に立つ残念な私が、どういうわけかその時は、後光差す神に導かれるが如く、素直にわぁ、ありがとうございます!とすんなり手を差し出していたのだった。
ジュースは程よく冷えていて、汗をかいた後の身体に染み渡る美味しさだった。

それ以来、私はレッスンでMさんに会う度に挨拶を交わすようになった。
特に立ち話をするでもなく、おはようございます、今日も寒いですね、などとお互い笑顔で言葉を交わす程度のあっさりしたものだが、その都度Mさんは目を輝かせてとても嬉しそうな笑顔を向けてくれるので、思わずこちらもつられてニコニコしてしまう。そのたった数秒のやりとりの効果は絶大で、私はその度にふわっと気持ちが上向きになり、心がほんのり温まって元気になるのを感じるのだ。
そのうち、何かで気持ちが落ち込んでいる時には自然と目がMさんを探すようになった。どういうことだ。ここまでくると、ひょっとしてMさんは私にとって神や仏に近い存在なのではなかろうか?という気さえしてくる。まさか私にしか見えていない人だったりして?!と思ってあわてて振り返り、インストラクターと談笑する彼女の姿にホッとしたこともある。なにやってるんだか。

そんなわけで頭に浮かんだのが今日の絵本、「天女銭湯」である。
(ちなみに、決してこの絵本の天女のルックスがMさんを想起させたわけではない。もしそうならばなお面白い話になるのだが)

主人公の少女ドッチは母親に連れられて地元の古い銭湯へ行く。
そこへ突如現れたのが羽衣を失くした天女のばあちゃん。
この天女のばあちゃんのキャラがとにかく魅力的なのだ。子どものように無邪気で奔放で、それでいてちゃんと雲の上の人らしい慈愛の心も溢れていて、いざというときには俄然頼りになる存在なのだ。

ご覧の通り、表紙からしてビジュアルのインパクトが強烈な絵本だが、読後感は思いのほか穏やかで、それこそ銭湯のお湯でじっくり温まったように心がふわっと軽くなれる。
ちなみに版元のHPで公開されている公式プロモーションビデオを見ると、この絵本がどれほどの手間暇をかけて作者のペク・ヒナ氏はもちろん大勢のスタッフの協力のもとに制作されたかが分かり、改めて感心してしまう。とにかくパワーがあって素敵な作品だ。                                                    


ヨガスタジオでMさんと挨拶を交わすうちに、私は彼女の声を聞き分けられるようになった。すると、更衣室で支度をしていると聞くともなくMさんの声が耳に届くようになり、それで気がついたのは、彼女は誰に対しても「そのスカーフとても素敵ね」「髪を切ったのね、よく似合ってるわ」などと、ささやかな褒め言葉を惜しみなくかける人なのだった。
きっと私と同じように、彼女からの思いがけない無邪気な賛辞に元気をもらって、その日一日を機嫌よく過ごせた人が何人もいることだろう。こんな身近なところに、確かなご利益のある素敵な天女様がいるのだなぁ、とうれしくなる。

私もいつかMさんのように、誰かの天女になれたらいいなぁ。
そんなことをぼんやり夢見つつ、今日も私はヨガで汗を流す。

posted by えほんうるふ at 09:24 | Comment(0) | うれしくなる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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