2019年12月26日

来る年を笑い飛ばす

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じごくのそうべえ

田島征彦 作

童心社 1978年5月
出版社詳細ページ


年の瀬である。
元来楽観的で大抵のことはケセラセラと流せるほうなのだが、今年は仕事や子どもの受験などで人並みにストレスを感じることが多い年だった。
仕事のことならばまだ、所詮ビジネスだと割り切ることで気持ちの切り替えようもあるのだが、子どものこととなると、本人のために親の自分がしてやれることが年々減っていることに気付かされ、歯噛みしつつ伸ばしかけた手を引っ込める・・・そんな場面を何度も経験し、その度にその引っ込めた手をぢっと見つめるような夜を過ごしてきた。
じわじわと確実に子離れ親離れの節目の時が近づいてきたのを感じる。
ちなみにこの一年我が家にとって最大の懸案事項だった息子の受験は、年明けからがいよいよ本番である。つまりもう1ヶ月もない。来年のことを言えば鬼が笑うそうだが、もはや今からジタバタしたってなるようにしかならんよ、と私も鬼と一緒にくる年の不安を笑い飛ばしてしまいたい!

そんな気持ちもあって選んだ今年最後のお題絵本は「じごくのそうべえ」。自分も自分の子どもたちも、親子二代に渡って幼い頃から親しんできた大好きな絵本だ。
自分が最初にこの絵本に出会ったのは小学校の低学年の頃だったと記憶しているが、最初はとにかく力強い筆致の絵のインパクトに圧倒され、おっかなびっくり手にとったように思う。果たして、絶対に怖い話だろうと思ったのに、まさかこんなに「笑える」絵本だったなんて・・・!幼心にその想定外の魅力はズドンと刺さり、大のお気に入りとして図書館に行く度に何度も繰り返し読んだものだった。
なにしろ舞台が地獄なのに話は終始底抜けに明るくて、地獄に落とされるという絶体絶命(というか絶命済み)の窮地に立たされたはずの主人公の面々に悲壮感はまるでなく、それぞれの得意技をここぞとばかりに繰り出して、飄々と切り抜けていく痛快さ。これがこの絵本の最大の魅力だと思う。

もっとも、「仕事で人をハラハラさせて寿命を縮めた」という、言いがかりのような理由で地獄に落とされた軽業師のそうべえはともかく、連れの地獄行脚御一行の面々はそれぞれお咎め通りの理由があって地獄に行き着いているわけで、決して褒められたものではない。そんな彼らが調子よく結託してヒョイヒョイと地獄の責め苦を免れていく展開には、幼心に「えっ、いいの?」となんとなくモヤモヤしたものだった。今思えば私も幼少時にはそれなりに純真な子どもだったのかもしれない。
が、大人になった今読み返してみると、彼らの度胸やフットワーク、そして徹底的なポジティブシンキングは、ますます世知辛い現代を生き抜く者にとってはむしろ見習いたいほどで、人生どんな局面でもその場その時を楽しんで笑ったもんの勝ち、という、えげつなくも実用的な人生訓が浮かび上がってくるのだった。

ところで、今回この絵本をお題にするにあたり、ちゃんと聴いたことのなかった落語の「地獄八景亡者戯」を改めて聴いてみることにした。図書館で検索してみるとさすが巨匠の十八番だけあってたくさんの音響資料が揃っていて、三代目桂米朝師匠の録音CDをすぐに借りることができた。ゆうに一時間を超える大ネタを全くダレることなく演じきる師匠の語り口はさすがの聴き応えで、これをたった一人でそらで演じきる落語という舞台芸術の凄まじさ、大御所噺家の人間離れした才能を改めて思い知らされ、ただただ感心するばかりだった。

思えば私が子どもが通う小学校で読み聞かせボランティアをしていた頃も、この絵本を読むときは普段より少しばかり気合と覚悟が必要だった。ネイティブ関西人にはとても聴かせられない拙い関西弁で必死に読み聞かせると、それでも子どもたちはいつも大笑いしてくれたものだった。
当時はとにかく読み聞かせに苦労するとても長い絵本だと思っていたが、本物の落語の重厚さ長大さに比べたらあらすじと言っていいほど簡潔にまとまっていて、それでいて作品の面白さを損なうことなく魅力あふれる絵本に仕上がっているのはやはり田島征彦さんの画力の賜物だろう。また編集にもどれほど苦労したことだろうと思うと、裏方の皆様の尽力にも心から敬意を表したい。
初版発行から40年を経てもなお色褪せない、名作中の名作絵本である。
posted by えほんうるふ at 08:39 | Comment(0) | 元気が出る絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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