2019年06月26日

落語の粋を洋書絵本で

bacon.jpgベーコンわすれちゃだめよ!
パット・ハッチンス 作

偕成社 1977年9月
出版社詳細ページ

表題の絵本は、今夜の大人絵本会のお題である。
毎回、会の開催前に自分でその絵本のレビューを書いてブログを更新するのが常だが、この絵本は既に過去ログでレビューしていたので今回は割愛するつもりだった。が、今夜の開催に向けて取り寄せた洋書版を改めて読み返していたら、しみじみ楽しかったのでやはり少しだけ書くことに。

今回のお題絵本は、パット・ハッチンスの「ベーコンわすれちゃだめよ!」である。
幼い頃、私が初めてこの絵本を読んで最初に思い浮かべたのは別の絵本のことだった。
それはこの鮮やかな明るい色合いの洋書とは似ても似つかない、モノクロの日本の絵本で「だんごどっこいしょ」という。
もしかすると、同じ絵本を思い浮かべた人もいるかも知れないが、正確に言えば、私はこのモノクロの絵本を思い浮かべたというより、「だんごどっこいしょ」という日本の昔話を思い出したのだった。
というのも、私が「だんごどっこいしょ」を最初に知ったのは、絵本の読み聞かせではなく誰かの素語り、つまり画像イメージ抜きで純粋に耳から入ったお話としてだったからだ。
残念ながら、それがどんなシチュエーションで誰が幼い私にそれを語り聴かせてくれたのかは覚えていない。おそらく通った保育園か幼稚園か、入り浸っていた近所の図書館のおはなし会あたりで聞かされたのではないかと思う。とにかく、後に小学校の図書室で絵本の「だんごどっこいしょ」を見つけた時に「あっ、これ私が大好きだったお話だ!そうか、絵本になってるのか!」と幼心にうれしく思ったことを鮮明に覚えているので、先にお話として聞いて知っていたのは間違いない。

ちなみにその「だんごどっこいしょ」はどんなお話かというと、他愛もない日本の民話である。
おばあちゃんの家に遊びに行った子どもが、そこでおやつに出されて初めて食べた菓子をたいそう気に入って、これは何だときくと、「だんご」だと教わった。子どもは、さっそく家に帰ったら同じものを母親に作ってもらおうと思い、その菓子の名前を忘れないよう、「だんご、だんご、だんご・・・・」と道中ずっと唱えながら帰途につく。ところが、途中で水たまりだか小川だかを飛び越えなければいけなくて、思わず「どっこいしょ!」と掛け声をかけたところ、その勢いで唱えていた「だんご」が「どっこいしょ」に置き換わってしまう。それからずっと「どっこいしょ、どっこいしょ・・・」と唱えながら無事に家に帰りついた子どもは、母親に「どっこいしょ、こさえてくれろ!」と嬉しそうにお願いする。母親はわけが分からず困惑し、分かってもらえず子どもは泣きわめき・・・と、この先のオチは絵本などでどうぞ。

今でもこれぐらいサラサラと、多分そらで子どもたちに話して聞かせられるぐらいあらすじを思い出せるのは、それだけこのお話が単純かつ落語のようにテンポよく展開するとてもよくできた噺で、オチまでしっかりつく面白さがあったからだろう。
ならばこの絵本をお題にすれば良さそうなものだが、自分が最初に耳で聞いて馴染んでいたお話だけに、絵本になったものを見た時、若干のイメージ違いに戸惑った記憶がある。ということで残念ながら却下。

というわけで、ようやく今日の絵本の紹介に入る。
ハッチンスの名作「ベーコンわすれちゃだめよ!」も、やはり少年が主人公だ。
母親に買い物を頼まれた少年は、買い忘れのないように買うものリストの品々を唱えながら市場へ向かう。ところが、道すがら目に入るものがきっかけとなって、彼の脳内の買い物リストの品は次々と別の物に変換されてしまい、全然違うものを買ってしまうのだ。それでも、途中で間違いに気づいた少年はちゃんと正しい品々を買い直し、意気揚々と帰路につく。・・・と、ここにももちろんオチが用意されている。

この、少年が道々唱えていた単語がいつのまにか別の単語にすり替わるというプロット、さらに落語のような小気味良いオチに至るリズム感、これはまさしく「だんごどっこいしょ」ではないか。
当然ながら原書は英語で書かれているので、買い物リストの英単語が、それぞれ韻を踏んだ別の英単語にすり替わっていくセリフはまさしく歌のようにリズミカルで、口に出して読むとなんとも心地よい。

大人になってから原書を初めて読んだ時も、わあ、うまいこと訳したなぁと感心したものだったが、今回お題にした機会に改めて原書を読み返し、訳者の渡辺茂男氏の訳が、絵本としてどれほど素晴らしい仕事だったかを改めて思い知った。
この絵本の魅力を損なうことなく伝えるには、まるで歌のような英語文を絵的にも言葉としても無理がなく、かつオチまでのリズム感を保った言葉に訳す必要があった。とても骨の折れる、でもきっととても楽しい仕事だったのではないかと思う。結果的に「ぼくにいただくケープと」などといった少年らしい無理矢理さがかえって落語的な面白さとなっていて(ここは当然「おまえが頂くんかい!」とツッコミつつ読む)まさに洋書絵本の翻訳史?に残る心憎い名訳だと思う。
なにしろ、この絵本を一度でも読み聞かせに使ったことのある人ならきっと分かるだろう。最後に思わず「おあとがよろしいようで」と言いたくなってしまうこの爽快さを。
posted by えほんうるふ at 19:38 | Comment(0) | 笑える絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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