2019年05月28日

定点観測の楽しみ方

こんなこえ.jpg
こんな こえが きこえてきました
佐藤雅彦+ユーフラテス 作

福音館書店 2015年06月
出版社詳細ページ

待機時間の長い仕事をしている。
待ち時間の間に何をしているかと言えば、大抵はコーヒーショップでパソコンを広げている。色々な街に行くが、それぞれターミナル駅付近の繁華街なので、どこも平日週末を問わず人通りが多い。それだけに店の選択肢は豊富だが、本当に落ち着いて過ごせる店は案外限られるものだ。
それでも、それぞれのエリアにお気に入りの店があり、お気に入りの席がある。
私のお気に入りポジションは、とにかく背後に人の来ない端っこ。さらに贅沢をいえば、外が眺められる窓際。店内最奥の窓際カウンター席なんかがベスト。これに電源とWi-Fiがあれば文句なし、120点の待機場所である。

まずはコーヒーを一口。ほっと一息ついて、ごそごそとMacbookを取り出し、そっと開いてLINEやメールの未読をチェックする。
そしてやおら顔を上げて、窓の外を行き交う人々を眺める。
この時間が何より楽しい。
同じ時間帯でも、街によって明らかに行き交う人々の層が異なる。あちらの街では大半を占めるお勤め人らしきスーツ姿が、こちらの街では少数派。ある街では珍しくない奇抜な格好や露出度の高い服装は、別の街では影を潜め、代わりに見るからに高級そうなハイブランドを当たり前に着こなす人々が闊歩している。外国人観光客もそれぞれの街でたくさん見かけるが、よく見ると出身国と思われるエリアが街によって偏りがあるのも面白い。

ガラスを隔てて行き交う人々が、何を話しているのかは分からない。まして、一人で歩いている人が何を考えているのかなんて分かるわけがない。それでも、出で立ちや佇まい、表情や身振り手振りから勝手に憶測するのが楽しい。

今日ご紹介するのは、まさにそんな私の街なかマンウォッチングのお楽しみをそのまま作品化したような絵本、「こんな こえが きこえてきました」である。
作者の佐藤雅彦さんは、NHK Eテレのピタゴラスイッチでお馴染みの、日本を代表するメディアディレクターのお一人。電通出身で数々の人気CMの生みの親でもある異能の人だ。

さてこの絵本、表紙には多分日本一有名な交差点、渋谷駅前のスクランブル交差点の写真が使われている。NHKの朝夕のニュースでも必ず映るし、何かと若者が騒ぎを起こしてはワイドショーネタにもなるので全国的に馴染みのある景色ではないかと思う。
で、ほぉほぉ写真絵本ね。見慣れた景色だわね・・・と思いつつ頁をめくり、さくさくと読み進める。あっという間に読み終わるのだが、これがまさにアイデア勝負というか他に類を見ない内容で、さすがというしか無い。
なにしろこの絵本、たった2頁の見開きと背表紙を除き、全て同一の画像だけで綴られているのだ。正確に言えば、同一画像をベースに、言葉や吹き出しを載せて視点を移動させることで話を展開させていくという画期的な手法で作られている。

私はこの作品を最初に読んだ時、子供のように夢中になって一気読みしてしまい、全頁が同じ画像であることに考えが及ばなかった。それほど視点の移動が巧妙な作品とも言えるが、いや、単に私がボーっと生きているだけかもしれない。
でもいいのだ、楽しいから。
このしてやられた感といい、下ばっか見てないでほら、と一気に視点を上げさせるリズムとバランスの絶妙さといい、なんだこれスゲー面白い!と無邪気に楽しめる大人で良かった。

ちなみに、これをお題にした今回の大人絵本会の告知をした際にちらっと触れたが、某サイトでのレビューでこの絵本を「同じ写真の使い回しでつまらない、がっかりした」と酷評しているものがあり、ひえぇ〜と、別の意味で驚いたものだった。
そもそも、(日常的に街の定点観察をしている者として断言させてもらうが、)これは決してたまたま撮れた写真の使い回しなどではないはずだ。街を1時間ぼーっと眺めていても、こんな風にパッと眼を引くような分かりやすいイベントはそうそう起こらないものだ。
恐らく、企画段階からとても周到にストーリーが練られ、必要な要素を個別に撮影し、配置を考えてCGで綿密に合成し・・・と、たいへん手間暇をかけて作らえた一枚に違いない。
ひょっとすると、そもそもベースとなっている交差点の画像は早朝に撮影された無人のもので、写っている人々は全て個別に撮影され配置されたモデルさんだったりして・・・・なんて制作工程の裏まで興味深く思えてきて、見れば見るほど絵本の深読みマニアのツボど真ん中を突く楽しい絵本である。

街なかを行く見知らぬ人々の人となりを、見たまんまから勝手にあれこれ想像して面白がるのと同様に、どうせなら自分の五感で受けとるあらゆる情報をそのままデータとして頭に記録するのではなく、想像力を駆使して色んな受け止め方で柔軟に面白がれる方が、人生をより豊かに楽しめそうな気がする。
少なくとも、私は自己流だろうがこじつけだろうが、楽しめるもんは楽しむ方向でいきたい。

【ニヤニヤしちゃう絵本の過去ログ】
posted by えほんうるふ at 16:44 | Comment(0) | ニヤニヤしちゃう絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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