2018年08月23日

会ったこともないあなたのために

ゴールディーのお人形 ゴールディーのお人形
M.B. ゴフスタイン M.B. Goffstein

現代企画室 2013-11-11

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私が小学生だったころ、フェルトでマスコットを作るのが流行った。その頃から、手芸のような手仕事は嫌いではなかった。
多分そこそこ手先は器用な方なのだろう、思い立つと何でも独学であれこれ作ってきた。私の先生はいつだって図書館だった。該当分野の初心者向け資料を手当たり次第借りてきては、一番自分のイメージに近い作風の作者と、一番自分にとって分かりやすい説明と図解の出ているテキストを探し、熟読した。そうやって手編みのセーターも何枚も編んだし、色々な種類の刺繍で小物も作ったし、草木染めやらペーパークラフトやらに手を出したこともあった。
多趣味と言えば聞こえはいいが、なにしろ自分は好奇心は人一倍旺盛なものの根気が無さすぎて、どれもこれも極めるには至らないままふっと熱が冷めるとそれっきりになるパターンばかりで、とてもじゃないが趣味の一つとして公言はできずにいる。

ただ、今も時々、思い出したようにニードルフェルトで何かを作ることがある。
羊毛の塊を専用の針で突いて形作る、このお手軽な手芸だけは、そこそこ材料も常備するようになり、一応数ヶ月に一度ぐらいは道具を手にして何らかの形ある「作品」を完成させてきたので、これだけは自分の中でも「コンスタントに続けている趣味」として認識している。

この羊毛フェルト細工なるものは、針でチクチクと突つくだけで思い通りに形が整っていくのがなんとも面白く、やり始めるとまさに寝食を忘れる勢いで没頭してしまう。(・・のが分かっているのでなかなか手が出せない。)そして制作に取り掛かるといつも、こんな風に思い通りに自分の顔やスタイルも簡単に整えられたらいいのになぁ、などと夢想してしまう。それぐらい自由な造形ができる。

自分はどうやら絵を描くよりは3次元の造形の方が向いているらしく、こうして出来上がったものが案外人に褒めてもらえるので、調子に乗ってプレゼントにしたりしてきた。
最初に贈る相手を思い描き、その人の好きそうなものを考え、一からそれを作り上げて形にするのはとてもやりがいのある作業で、モノづくりの醍醐味だと思う。
でもきっと、生まれながらのクリエイターならば、相手を思い描く以前に自分の中の創造力に突き動かされて否が応でも身体が勝手に作品制作に向かうのだろう。
私はとてもその域には達せそうにないが、少なくとも、羊毛フェルトであれこれ作るうちに、単なる素材から自らの手で形あるものを作り上げる面白さと、それを人に喜んでもらえる嬉しさはおぼろげながら感じられるようになった。


以前、そんな風に気まぐれに作る作品がたまたま完成した時に出会い、ぽおーっと心があたたまる感銘を受けたのが今日の絵本、ゴフスタインの「ゴールディーのお人形」である。

主人公ゴールディーは木彫りの人形を手作りする人形作家である。たった一人で全てを手作りするその仕事ぶりはひたすら丁寧で地道な作業の積み重ねで、全く効率はよろしくない。それどころか材料となる木さえ、木片として製材されたものでなく、伐採したままの原木から作ることにこだわる。そんな風にあくまでも自分のやり方を貫く彼女のモノづくりの姿勢がとても素敵だ。

そんなゴールディがある日、一目惚れした美しく高価なランプを衝動買いしてしまう。
その抗いがたい気持ちは何となくわかる。出会うべくして出会ってしまったのだから、仕方ない。
しかし、堅実な彼女は自分でも思いがけない突然の散財に戸惑う。そして家へ持ち帰る道すがら、その価値に共感できない友達からの何気ない一言を受けて、彼女の後悔の気持ちは決定的になり、すっかり憂鬱な気持ちになってしまうのだ。いったいどうして自分はこんな分不相応なものを買ってしまったのだろう・・・。

 ゴールディーは自分が、中身がなくて空っぽで、うつろな、つまらない人間のような気がしました。そして憂鬱な気持ちがひどくなって、気持ちは粉々になって、そのまま、ドアのそばに座り込んでしまいました。
 しばらくそこにいましたが、気がつくと、自分の声が「寂しいの」と言っているのが聞こえました。
「本当に寂しい、」彼女はそう言いました。
 それから疲れて泣きはじめ、そのままドアのそばで眠ってしまいました。


このくだりは読むたびに胸が締め付けられる。
ゴールディーのように、純粋に創作者として生きる人の多くは、自分の中にこんな孤独を抱えているのではないだろうか。
彼女は売れっ子の人形作家だ。だが、たとえどれだけ多くの人がその作品を認め褒め称えてくれたとしても、作家本人が創作者としての自分の価値に迷いがある限り、常に心は闇と隣り合わせだ。
自らが作り出すものの価値を信じ、それを支えに生きていくことはなんと厳しいことだろうかと思う。

それでも、この絵本にはちゃんと救いがある。
ゴールディーは、ランプに込められた作者の想いを受け取り、同じく創作に生きるものとして共鳴することで、改めて自分の道に光を見出すのだ。足元を照らす灯りを得た彼女は、とても幸せそうだ。


私の羊毛細工は完全な独学のド素人作品だ。プロが見たらなんじゃこりゃと思う出来だろう。
それでも、私は私の作品が好きだ。笑われようが、それが全てだ。
いつか、会ったこともない誰かのために、心をこめて作品を作ろうと思う。どこかの誰かが、きっと気に入ってくれると信じて、一生懸命作ろう。
それが見知らぬ誰かの手に渡り本当に喜んでもらえた時、私はゴールディーの至福に一歩近づけるだろう。

posted by えほんうるふ at 07:24 | Comment(0) | 嬉しくなる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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