2018年03月27日

食べる喜びと食べさせる喜び

へんなどうつぶへんなどうつぶ
ワンダ・ガアグ 作

瑞雲舎 2010-04-28

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


中年太り警戒期まっさかりだというのに、どうしても目の前の料理を食べ尽くさずにいられない。
人様に作っていただいたものはもちろん、自分で作ったものでも、例えそれが明らかに何かが間違った味であっても、一度食べ物として供されたものを食べ残すこと、あるいは食べずに処分することに、私は未だに凄まじい心理的抵抗を覚える。

残さず食べることをことさら強いられて育った覚えはないのだが、要するに貧乏性なのだろう。
兄弟が多く、しかも私以外は全員男だったせいか、食卓ではいつも気が抜けなかった。頂きますと同時にまずは自分の分をとにかく確保する。それを食べている間に目の前の大皿に盛られた料理はみるみるかさが減っていく。母が鍋からお代わりを盛っても、程なくそれも消える。
そして食事が終わるときには必ず、食卓の上の皿はどれも綺麗に空っぽになっていた。
そんな光景を当たり前のものとして育ったせいか、食後の皿に料理が残っているのを見ると、どうにも落ち着かない気分になってしまう。
大人数の飲み会などで、頼みすぎたつまみがそこここの皿に残っている。皆はもう会計も済ませ帰り支度を始めている。そんな時つい、ああ、あの唐揚げ1個ならまだいけるかも?あの冷めきったピザはさすがにキツイかな・・などと未練がましくチラチラ見てしまう自分が情けない。

しかしこれが家庭の食卓となるとそこは私の統治下なので、当然ながらお残しはご法度である。
それが完全に私の落ち度でない限り、食卓に出したものは基本的に全て家族に平らげてもらう。
もちろん各々の好き嫌いは把握しているので、苦手なものを無理に食べさせたりはしない。
それらを考慮したうえで出来るだけバランスよく、かつ食べ盛りがしっかり腹を満たせるよう、かつ残り物が出ないように過不足なく計算された量の料理を毎日作れるのは、完全に我が家仕様にカスタマイズされた特殊技能だと思えばなかなかのものだろう。

とはいえ、私はロボットではないので間違えることもある。にんげんだもの。
問題は、そんな時の残った食べ物をどう処分するか、である。

例えば、時々やってしまう、ホームベーカリーでの失敗。
イーストを入れ忘れると、カチカチのういろうのような謎の物体が焼き上がるのだが、私はこれをそのまま捨てることが出来ず、何とかして食べようといつも苦心する。
スライスしてオーブンで焼いてみたり拍子木に切って揚げてみたりと、色々と悪あがきをしてはみたが固さはいかんともしがたく、いずれも会心のリカバリーとは言い難い出来だ。いっそそのまま乾燥させれば非常用の保存食になるかも知れぬ。
さらに悲惨なのは、釜に部品の回転羽をセットするのを忘れた時で、この場合は、すべての材料が入れた順の層のまま撹拌されることなく加熱焼成される。
つまり、最初に水を入れるので釜の下の方は妙に水っぽくダマダマしたすいとんモドキとなり、一番上はただ焼いただけの小麦粉とイーストそのものである。もちあげると底はジメッとしつつ粉がバサバサとこぼれ落ちる謎の物体が完成する。
さすがに人間の食べ物として再起不能と思われるこの物体にも、私は果敢にリメイクを試みたものだ。強引にちぎって卵やバターを混ぜ込み丸めて伸ばして型で抜いてクッキー風にしてみたり、さらに水分を加えてフードプロセッサーで無理やり粉砕させパンケーキ風に焼き直してみたりしたが、いずれも完全なる徒労とさらなる資源の無駄遣いにしかならなかった。無念である。

いや、今日はそんな我が台所闘争の黒歴史を語りたいのではない。やっと絵本の話題に入れる。
今日の絵本はワンダ・ガアグの「へんなどうつぶ」である。
この絵本の内容を知っている人はもう私の言いたいことはお分かりかと思う。つまり私が長々と書いてきた食べ残し問題は全て、一家に一匹のへんなどうつぶがいれば一気に解消するのである。

(以下、私の解釈による完全なネタバレなので未読の方は要注意)

主人公ボボおじさんは、ご近所の動物たちそれぞれに好物の料理を作ってもてなしてやる心優しい人物だ。
きっと彼は料理も上手なのだろう。それでも毎日作っていればどうしても少しずつ料理は残る。まさか捨てるわけにはいかない。さあ、どうする?
そこへ現れたのがへんなどうつぶである。
ボボおじさんは他の動物達に作った料理をこの突然の珍客にも差し出してみるが、奴はそっぽを向くばかり。それどころか、人形を食べたい、それもとびきりよいこの人形がうまいなどと、とんでもないことを言い出す。
心を痛めたボボおじさんは、なんとか奴のにんぎょう喰らいをやめさせようと頭をひねった挙句、まさかのルックス褒め殺し作戦に出る。
恐らく今まで人に外見を褒められたことなどないへんなどうつぶは、賢いボボおじさんの思惑通り、うれしくなって途端に態度を軟化させ、ボボおじさんの語る「じゃむ・じる」なる美容食を食べてさらに美しくなりたいと切望するようになる。
こうなったらボボおじさんの思う壺だ。ボボおじさんは早速、他の動物達に作った料理の残り物を全部混ぜて怪しい「じゃむ・じる」を作り上げ、へんなどうつぶに食べさせた。へんなどうつぶはじゃむ・じるをいたく気に入って食べまくり、どういうわけか食べるほどにその個性的なルックスがさらに助長され、ますますへんなどうつぶはご満悦になるという超展開(笑)
果たして、ボボおじさんはこどもたちを悲しませる人形喰らいを止めさせたうえに残り物も一掃できて(ここ大事)一石二鳥、へんなどうつぶは願いどおりの美しさを手に入れて大人しくなり、誰もが幸せになりましたとさ。

ああなんて素晴らしいハッピーエンドだろうか。
絵本はこうでなくちゃ。子どもに楽しく面白く、大人にも夢と希望を。


贅沢はさせられなくとも食費だけはケチらない、とよく豪語していた母は料理上手だった。
商売が忙しく一人一人に目をかけ手をかけという丁寧な育児は出来なかった分、とにかく毎日美味しいものを腹いっぱい食べさせるのが母なりの矜持だったのだろうと、今は思う。
自分が母親の立場になって今年で20年になる私も、家族のために毎日料理をする面倒くささを嫌というほど味わいつつも、ああ、おいしかった!という声や、食卓の上の全ての皿が綺麗に空っぽになる光景に、毎度ささやかな満足感を覚えている。
そして気がつけば我が子もしっかり、出された料理を残せないタイプに育ってしまったようだ。
特に息子など、多めに作っちゃったから残していいからね、と言ってもいつも無理して全部食べ切っては動けなくなっている・・・
ああ、そうか。今やっと気がついた。
きっと私は、全てを食べきることで喜ぶ母の満足げな顔を見たくて、残せない人になったんだな。
posted by えほんうるふ at 20:48 | Comment(0) | 目からウロコが落ちる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。