2016年05月24日

このさきにどとあえなくても

ねずみとくじら (評論社の児童図書館・絵本の部屋)ねずみとくじら (評論社の児童図書館・絵本の部屋)
ウィリアム・スタイグ作  せた ていじ訳

評論社 1976-12

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先日、友人が主催した絵本好きが集う会に参加するにあたり、
「出会いを描いた絵本」を紹介して欲しいという話があり、
とっさに思い浮かべたのがこの絵本だった。

海が好きなねずみは、自作の船の処女航海中、
アクシデントで海に落ちてしまう。
そこへたまたま通りかかったくじらに助けてもらったのが
ふたりの出会いだった。

ねずみの命を救ったくじらは、旅の道すがら、
ねずみを故郷の象牙海岸へ送り届けてやることにした。
大海原の上で共に過ごすうちにふたりは親友となるが、
やがて別れの時がきて、ねずみはくじらに感謝を述べ、
いつかその恩返しをすることをくじらに誓うのだ。


「いつも、いのちのおんじんとおもっているからね。

ぼくのたすけがいるときがあったら、よろこんで

やくにたつつもりだから、わすれないでくれたまえ。」



溢れる気持ちに嘘はなくとも、小さなねずみがいったいどうやって
くじらに恩返しができようか。
それでもくじらは笑ってねずみの思いを受け止める。


「あのちいさいねずみくんが ぼくのやくにたちたいとさ。

なりはちいさいが、しんせつのかたまりだな。

ぼくはかれがすきだ。わかれるなんて、つらいなあ。」



こうしてふたりは別れ、またそれぞれの暮らしを始める。
月日は流れ、それぞれがもう若くなくなったころ、
今度はくじらが嵐でアクシデントに見舞われる。
浜に打ち上げられ、どうにもならないくじらのもとへ
現れたのは、なんとあの日別れたきりの友達だった。
さて、ねずみはあの日の約束を果たせるのだろうか・・?

その姿形大きさは似ても似つかないけれど、
実は同じ哺乳類という大きな共通点のあるふたり。
でも、作中ではそれはサラリと触れられているだけだ。
むしろ、それぞれがどんなに異なっていたか、
どんなふうに、その違いゆえの失敗を許し合い、
かけがえのない友情を育んでいったかが、
淡々と語られている。

そう、物語は、最後までひたすら淡々と進んでいくのだ。
それなのに、いや、だからこそだろうか、
何度読んでも私は最後のページで目が霞んでしまう。

初めてこの絵本を手にとったのは近所の図書館だったと思う。
もともとスタイグは大好きな作家で、
なかでも代表作とされる「ロバのシルベスターと魔法の小石」や、
「ゆうかんなアイリーン」などは我が家の子ども達もお気に入りで、
かなり頻繁に繰り返し読み聞かせをねだられたものだった。

そんなお馴染みのちょっと野暮ったいスタイグ作品に並んで
ひときわシックでお洒落な装丁の一冊がこの絵本だった。
おお?っとソソられて何気なく読んでみての感想は、
深夜にテレビをつけたら古い洋画をやっていて、
何気なく見てみたら思いがけず大当たりの良作でホクホク、
ぐらいのものだった。
でも、その後何度も読み返す度に、じわじわ沁みるようになった。
とにかく、この絵本の何が好きって、
甘さを抑えたスタイグの絶妙な色使いの絵ももちろんだが、
なにより、瀬田貞二さんの訳による、
上品で端正な日本語文がたまらないのである。
読み返す度に、うっとりしてしまう。

最終頁の完璧な文章は別格として、
作中で私が一番好きなのは、この一節。


ボーリスは、ねずみの ちいさい かわいさややさしさ、

かるいふるまいやこわね、ほうせきのようなめの

かがやきに ひきつけられましたし、エーモスは、

くじらの おおきなからだやどうどうとしたようす、

ちからやうごき、ひびくこわねやあふれるしんせつに

うたれました。



自分にないものを持つ相手を好ましく思い、
慕い敬い惹かれ合うふたりの気持ちが、
無駄のない美しい日本語で贅沢に表されている。

最初にこの文章に出会った時は、なぜだか妙に嬉しくなって
何度も小さな声で音読してみては、
はあぁ・・日本人でよかったぁ・・・・
とため息と共に遠くを眺めてしみじみしてしまうほど、
ことばフェチの私の心は、
うたれました。とさ。

posted by えほんうるふ at 12:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 泣ける絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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