2016年04月25日

憧れの樹上生活

おおきなきがほしい (創作えほん 4)おおきなきがほしい
佐藤 さとる/村上 勉

偕成社 1971-01

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小学校低学年の頃、私は妖精だった。
正しく言えば、妖精になった気でいた。
小学校の入学式で出会って以来ずっと仲良しだった友達と二人で、
学校から帰ると毎日のように「妖精ごっこ」に興じていたのだ。

都内とはいえ私が生まれ育った町は比較的緑や田畑の多い土地柄で
当時、家の近所にはまだ子どもが隠れやすい小さな茂みやら
狭い雑木林なども点在していた。
その中の一つに、私達が「ようせいのもり」と呼んでいた
小さな築山があった。
それは住宅街の外れ、せせこましく区切られた田んぼの脇にあり、
灌木と雑草がこんもりと生い茂った丘のようなものだった。

からまった蔦や灌木の陰にケモノ道のような小道があり、
くぐり抜けて中に入り、一番高いところに登って行くと
ぽっかりと空が開け、ちょうど小部屋のように
少しだけ広いゴキゲンな空間になっていた。
外周には外部からの侵入者を見張るのにちょうどいいような
イイ感じに枝の張り出した低い木も生えていた。
まさに天然の秘密基地のようなその場所に私たちは入り浸り、
そこに住む妖精としてせっせと巣作りに励むという、
ファンタジーのようで妙に生活感溢れるごっこ遊びに興じていた。

思えば当時から私は間取りフェチだったのかもしれない。
ごちゃごちゃと植物が生えた狭苦しい小山の踊り場スペース中で
こっちはお風呂、こっちは台所、こっちは寝室・・
などと、壁もないのに無理矢理に間取りを想定して、
小石や枝をそれらしく配置するのが楽しかった。

今日の絵本「おおきなきがほしい」に最初に出会ったのも
まさにその頃だったと思う。
木の上に自分で自分の居場所を作るというその発想に
ドキドキするほどの共感を覚え、
何度も何度も繰り返し読んだ覚えがある。

大好きな絵本だったけれど、当時から何となく反感を感じてもいた。
なにしろ、作中、主人公かおる少年が木の上に作った自分の部屋は、
ガラスサッシの窓やら、天井から下がる蛍光灯の照明器具やら、
本棚に机に椅子にベッド、おまけにガスも水道も完備で、
あまりにも全てが整い過ぎていたのだ。
これではほとんど地上の快適な自分の家を一人暮らし用に縮小して
そのまま木の上に移設しただけではないか。
キャンプのように不便だが野趣あふれるアウトドア活動の醍醐味や
森の妖精ならではの生活の知恵、みたいなものが入る隙がない!

そりゃ、木の上で自分で作って食べるホットケーキは格別だろうけど、
かおるったらちゃっかりエプロンとスリッパなんて身につけて
タワマンのカウンターキッチンよろしく窓の外の眺望を眺めつつ、
プロパンガス使用の昭和感漂う簡易コンロで
何の苦労もなくホットケーキを焼いている・・・ように見える。

違う違う、ちがーう!!
そこはやはり、樹上の小屋の竈で魔法のように火をおこして
黒光りするスキレットでたっぷりバターで焼いてこそ、でしょーが!

・・・なんてことまで幼心に思ったかどうか定かではないが、
私は未だにこの絵本を読む度に、そのクライマックスとも言える、
樹上の部屋で快適な四季を過ごす素晴らしい情景描写のところで
究極のアウトドア物件に対する個人的な思い入れが邪魔をして、
名状しがたい「コレジャナイ感」に地団駄を踏むのである(笑)


さて、私が例の「ようせいのもり」に入り浸り、
夢中になって遊んでいたのはせいぜい1〜2年ぐらいだったろうか。
だんだんとその場所は通り過ぎるだけの風景となり、
足を踏み入れることはなくなった。
やがて灌木が伐採され、気が付くと更地になっていた。
月日が流れ、私も友達もそれぞれ結婚して地元を離れた。
帰省の折り、ふと思い出して車窓から目を走らせたが、
最寄り駅に続く私鉄線路から見えたはずの例の小山は、
住宅地がさらに造成されて、跡形もなく消えてしまっていた。

可愛かった(はずの)妖精たちも、すっかりおばさんになった。
それでもあの日々の思い出は、半分湿った枝の匂いや
夢中で集めて指先を染めたヤマゴボウの実の色やらと共に
鮮やかなまま、私の記憶の中できらきらと輝いている。

posted by えほんうるふ at 23:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | うっとりする絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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