2016年03月24日

少年よ、フォースと共にあれ。

ラチとらいおん(世界傑作絵本シリーズ―ハンガリーの絵本)ラチとらいおん
(世界傑作絵本シリーズ―ハンガリーの絵本)

マレーク・ベロニカ
福音館書店 1965-07-14
Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ジェンダーレス男子、という人々がいるらしい。
メイクやファッションで中性的なビジュアルをアピールし、
女性以上に高い美意識を持つという彼ら。
あまりテレビを見ない私は最近ようやくその存在を知ったのだが、
個人的には非常につまらない人々に思えた。
なにしろ、彼らの存在定義はあくまでも外見が中性的であることでしかなく
たとえばLGBTの人々のように、自己のイデオロギーに関する葛藤だとか
生き方そのものを左右する信念や主義主張があるわけでもなさそうだ。
たまたま恵まれた容姿の演出が目新しくてウケタ、ぐらいのもので、
恐らくマスコミに飽きられるまでの人寄せパンダでしかないだろう。
彼らはその拠り所である若さと美しさを失った時、どう生きていくのだろう。

さて、彼らのようなイロモノはそこらに置いておくとして、
その他の一般男性の多くにとっては今も「美しくなりたい」よりも
「強くなりたい」という願いこそが普遍的なものなのではないだろうか。

女の私からすると、強けりゃいいってもんじゃないだろ!と思うが
闇雲に強くなりたがる男子のアホっぽさは、それはそれで愛おしい。
ちなみに、いかにも筋骨隆々でたくましく強そうな男性が
実は異様にメンタルの弱いナイーブな性格だったりするのは珍しくないらしいが、
それもやはり、男子たるもの強くなくては!というジェンダー刷り込みから
自分の内面の弱さを肉体という鎧でカバーしようという流れだとすると
なんとも健気でカワイイではないか。

今日の絵本「ラチとらいおん」の主人公ラチ君も、そんなごく普通の
「強くなりたい」男子だ。
弱虫で仲間はずれにされていた彼は自分の弱さを自覚しており、
強さの象徴である百獣の王ライオンに憧れる。
そこへ突如ジェダイ・マスターのごとく現れる、「らいおん」。
どうみても強さよりも可愛さがウリに見える、マスコット的風貌のそいつは
実は鬼トレーナーで、謎の体操その他でラチ少年を鍛え上げ、
やがて弱虫だったラチは心身共に強い子に育ち、立派に独り立ちしていく・・
という、絵本ならではの激ユルスポ根のようなストーリーだ。

実際のところ、どう考えてもあのへなちょこ体操で強くなれるわけがない。
でも、ラチ少年は間違いなく本当に強くなったのだ。
いったい、らいおんはどんな魔法を使ったのだろうか?

賢い読者の皆さんならとっくにお気づきのことと思うが、
らいおんがラチに施したトレーニングは魔法でもなんでもなく、
やり方次第で誰でも自分の子供に授けてやれる力である。
つまり、人が本当に強くなるために必要なことは、
強靭な肉体でも喧嘩のテクニックでもなく、
「自分は強い」と信じられる心を持つことなのだ。

最初は不安でも、ちょっとした成功体験で気持ちは変わる。
最初は錯覚でもいい。思い切ってやってみて、たまたま成功した、でいい。
重ねていけば、それは確実に自分を支える実績になる。
ほら、バック・トゥ・ザ・フューチャーでも、
弱虫で情けなかったマーティのパパのキャラを激変させたのは、
思い切ってやってみたらビフを一発で倒せたという、
まぐれのような成功体験の賜物だったではないか(笑)!

ところで私がこの絵本のすごく好きなところは、
成長したラチ少年のもとから去っていくらいおんの
去り際が無駄にカッコイイところだ。
彼は去っていったが、その存在はいつもラチ少年と共にある。
そう、まさにルークの元を去ったジェダイ・マスター達が
いつも背後霊のように彼を見守っていたように。
らいおんが心にいる限り、ラチはもう弱虫じゃない。強い男なのだ。
ラチ少年よ、フォースと共にあれ。
(ああ、なぜか今回はやたらと私の映画好きの血が騒ぐ・・)

ちなみにこの絵本については、
このブログを始めた当初にもとりあげて既に書いているが、
今思えば、かなりあっさりした内容だった。
それでも最近のエントリーに比べたらちゃんと内容をレビューしているので、
気になる方は合わせてこちらも閲覧されたし。

posted by えほんうるふ at 03:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大事なことを教わる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック