2016年02月22日

なんにもないから、なくならない

おくりものはナンニモナイおくりものはナンニモナイ
パトリック マクドネル Patrick McDonnell

あすなろ書房 2005-10
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たぶん私は、物欲が少ないほうだ。
例えば、絵本。
長らく絵本好きを自称して同好の士を集めるような活動をしているので
さぞ大量の蔵書があるのではと思われがちだが、実はそうでもない。
どれほどお気に入りの絵本でも、どこかで読めるならば
別に私の手元に無くてもいいと思ってしまうからだ。
版元で売り切れると二度と出会えそうもない絵本だとか、
既に絶版になっていてたまたま古書店で再会した、
なんて場合はさすがに迷いなく購入するが、
それすらも、二度と会えないならそれはそういう縁だったのだろうと
案外さっぱりと思いを振りきれてしまうので、あまり執着しない。
もちろん、作家自身のことをすごく気に入っている場合は
機会あればよろこんで著作品を購入するが、
それも好きだから所有したい、手元に置いておきたいというより
その存在への感謝というか応援というかお布施というか
そんな気持を表したくてお金を使っているという意識の方が強い。

子供の頃も、何かが欲しくて欲しくて親に強請ったという覚えがない。
アンタは欲がなくて可愛げがない、と親に言われたことは何度もある。
実家は商売をしていて子供の目にも家計は決して楽ではなさそうで
あれこれ欲しがって親が不機嫌になるのを見るのが嫌だった。
同級生”みんな”が持っているのに私だけ持っていない、
なんてものもたくさんあったような気がするが、
それで悔しいとか悲しいとか思った記憶は無い。
むしろ人と同じ物を持つのはできれば避けたかった。
今思えばそんな可愛げのない子供だったから、
ずっと友達が少なかったのかもしれない。

おっと。
2月といえばバレンタインもあったし、ここはひとつ
ラブラブでスイートな絵本をとりあげようと思っていたのに
なんだか殺伐とした色気のない話になってしまった。
いかん、いかん。
では今回はホワイトデーのギフト需要にもばっちり応える
甘ったるい絵本を紹介してみよう。

ムーチは大好きなアールにプレゼントをしたかった。
だって今日はいつもと違う、特別な日だから。
ムーチは一生懸命考えた。何をあげようか?
でもアールはもうなんでも持ってるのだ。
なんでも持ってるひとが喜ぶ贈りものは・・・ナンニモナイ!
みんなを見ていると、ナンニモナイはそこらじゅうにあるらしい。
そこでムーチは買いに出かけた。ナンニモナイを。
街中を探したのに、ナンニモナイはどこにも売ってない。
とぼとぼと帰ってきたムーチは、ようやく気がついた。
大きな箱にナンニモナイを詰めてリボンを掛け、
心をこめてアールにプレゼントした。
果たしてアールのほしいものは、まさしくナンニモナイだった!
望み通りのものを貰ったアールはたいそう喜び、
二人はとても幸せな時間を過ごした。
めでたしめでたし。

この絵本を幼い子どもに読み聞かせたらどんな反応が返ってくるだろうか。
「すてきだとおもいます 」とか「わたしもうれしくなりました」
なんて答える子がいたら、嘘くさくて笑ってしまう。
健全で素直で無邪気な子どもなら、プレゼントの箱が空だなんて
どんな理屈を付けようとがっかりしたり怒ったりするのが自然ではなかろうか。

実際には、大人だって形あるものを貰ってこそ嬉しいと思う人が
多数派だろうから、この無邪気なお話はあくまでも絵本の中の
美しいお伽話として微笑ましく受け止められているのだろう。
まさか恋人がこの絵本が好きだからといって、真に受けて
空の箱をラッピングしてプレゼントするおバカさんもいないはずだ。
つまり、実年齢に関わらず、初めから読者ターゲットに
R18程度の精神年齢制限が想定されているとも言える。
要するにこの絵本は「オトナ向け」なのだろう。

ところで私は以前にもここで述べたとおり 、オトナ向け絵本が嫌いだ。
帯に癒やしだの謎の効能が書かれているような胡散臭い絵本や、
書店の絵本売り場よりも小洒落た雑貨店や絵本カフェ的なところが似合いそうな
妙に可愛らしい装丁の絵本は意識的に、あるいは無意識に避けてきた。
そのあざとさが鼻につく上に、内容に共感できることが少なかったからだ。

嗚呼それなのに、今日の絵本は、そんな私の硬派な選書ポリシーを
覆すような可愛らしさとラブラブ加減である。どうしてくれよう。
長らくこのブログを読んでくれている方には、
えほんうるふもついに日和ったか、と思われるやも知れぬ。

ま、それでもいいのだが。

冒頭に書いたとおり、もともと物欲が少ない私は、
四十半ばにしてますますその傾向に拍車がかかっているのである。
気がつけば所有欲だとか独占欲だとか、己を苦しめる無駄な欲から
どんどん開放されてきているような気がする。
10年ほど前に初めてこの絵本を読んだ時は、
「ふーん。さすが谷川さん。上手いねぇ。おいしいねぇ。」
ぐらいの感想しか無かった。
でも、先日久々に読み返してみたら、やけに心に残ったのだ。
作中で繰り返される、ほしいものは、ナンニモナイ!というメッセージに
なんだかシミジミと共感してしまったのである。

まだ早いと思っていたが、私の人生も恐らく折り返し地点を過ぎて、
自然と気持ちが身辺整理に向かいつつあるのだろうか。
ほしいものは、ナンニモナイ。
むしろ、あれもこれも要らないものが多すぎる。
今の私は、新しい物を手に入れるより、今持っているものの中から、
本当に必要な物だけを残してどんどん削ぎ落としたい欲の方が強い。
だから今なら、ナンニモナイをもらったら本気で喜ぶと思う。
場所も取らず、目障りでもなく、死後相続でモメる心配もない!(笑)

でもそんな完璧なプレゼント、ナンニモナイにも唯一の難点がある。
ナンニモナイは、捨てるのがとても難しいのだ。
それはその人と共有する時間のすべて。あるいは思い出のすべて。
このプレゼントをもらえて嬉しいと思える関係があってこその
相手とタイミングの限られるプレゼントなのだと思う。
posted by えほんうるふ at 20:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | ジワジワ来る絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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