2015年11月26日

知られざる福利厚生

つきがまあるくなるよるに―ぬいぐるみいあんりょこうつきがまあるくなるよるに
―ぬいぐるみいあんりょこう

大坪 奈古

新風舎 2005-08

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人形やぬいぐるみが主人公の絵本はたくさんある。
絵本の中の彼らの多くはひどく寂しがり屋で、
持ち主である人の心をいかに引き止めるか、
あの手この手で奮闘する様子が描かれたりする。
そんな時、愛らしい彼らの心の中には意地やら嫉妬やら
クールな生身の人間よりも人らしい情念が渦巻いていて
それでいて、あくまでも無機物らしく純粋で一途なので
その姿は微笑ましい反面、いつも少し怖い。

そんな、ぱっと見の愛らしさとは裏腹の
人形系絵本のオドロオドロしさはこのブログでも
あんな作品こんな作品で採り上げてきたが、
今日ご紹介する作品は舞台が夜なので絵は暗めながら
とてもあったかく愛にあふれた作品でなのである。


もし、一番大事にしていた大好きなぬいぐるみが、
ある日突然いなくなってしまったら・・・?

ちなみに我が家の息子も園児の頃から大事にしていた
ぬいぐるみ、というか小さなマスコットがあった。
近所のフリーマーケットで10円だかそこらで買った、
サメだかイルカなのかよく分からない物体なのだが、
彼はそれに「サメちゃん」と名付け、家の中ではもちろん、
外へ出かける時も「ハンカチ・ちり紙・サメちゃん」とばかりに
必ず携行するほどの溺愛ぶりで日々を過ごしていた。

ところがある日このサメちゃんが忽然と行方不明になり、
家中を半狂乱になって探しまくったことがあった。
家族総出で探したものの見つからず、泣くわ喚くわ、しまいには
あまりのショックに夜も眠れず茫然自失、という体の息子を
さすがに見かねて、私は急遽家にあったフェルトの端切れで
サメちゃん二世を作ってやることにした。
とはいえ、そもそも実体の良くわからない物体を再現するわけで、
デザインもへったくれもなく、かろうじて色は近いものの
形も感触も似ても似つかない謎の物体が出来上がってしまった。
恐る恐るソレを息子の前に差し出した時の、「えっ。」という
戸惑いの表情と、その後の泣き笑いのような顔は今も忘れられない。
おそらく胸の中はコレジャナイ感でいっぱいだったろうが、
母の必死さを感じたのか、彼はその不格好なサメちゃん二世を
ひしと胸に掻き抱き、無事に眠りについたものだった。


おっと、いいかげん話を今日の絵本に戻そう。

絵本の世界でぬいぐるみの突然の失踪といえば
実はぬいぐるみ自身の家出だったり不慮の事故だったりして、
紆余曲折の果てに感激の再会、というのがよくあるパターンだ。
ところがこちらは何と、持ち主の子供が寝ているうちに
ぬいぐるみによるぬいぐるみのための慰安旅行に出かけていた、
というのだから、何とも微笑ましいではないか。

慰安というからには、この絵本においての彼らは
立派な労働者、あるいは奉仕者として認められているらしい。
思えば確かに、人形やぬいぐるみ等の存在意義は
ひとたび誰かのものになったその時から、その持ち主の
心を支えるという使命を全うすることにあるような気もする。

(持ち主が)健やかなるときも、病めるときも、
喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、
これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
この命ある限り真心を尽くしましょう・・・
と、彼らが誓ったかどうか知らないが、
とかくそういう役割を期待されがちな存在であることは確かだ。
当然、時には理不尽に八つ当たりされることもあろう。
延々と同じ愚痴や呪詛を聞かされてうんざりすることもあろう。
それでも文句ひとつ言わず、ひたすらじっと耐え忍ぶとは、
確かに恐ろしくストレスのたまる仕事に違いない。
慰安旅行のひとつやふたつ、喜んで送り出してやるべきだろう。


ところで息子のサメちゃん騒動だが、怪しい二世誕生からほどなくして
ひょっこりとどこからか元祖サメちゃんが見つかった。
まさにちょっとした所用から帰って来たような顔で当たり前に佇む
サメちゃんを、私はつい思い切り訝しげな目で睨んだものだった。
が、今思えばあの時のサメちゃんは、いつもそばにいてといいながら
しょっちゅう自分をどこかに置き忘れるアホな息子の子守に疲れ、
ちょっと長めの慰安旅行にでも行っていたのかも知れない。

そんなわけで、サメちゃんとサメちゃん二世は、
今も仲良く息子の部屋の本棚に並んでいる。

posted by えほんうるふ at 07:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 嬉しくなる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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