2015年09月24日

背中で伝える慈しみ

いしゃがよい (幼児絵本シリーズ)いしゃがよい (幼児絵本シリーズ)
さくら せかい さくら せかい

福音館書店 2015-05-13

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年一度、毎年この時期に健康診断を受けている。
幸いにも今まで特にシビアな結果が宣告されたことは無い。
そもそも出産以外で病院に入院したこともなく
骨を折ったことも倒れて救急車に乗せられたこともなく
風邪すら年に一度ひくかひかないか。
丈夫だけが取り柄とは思いたくないが
とりあえず健康に恵まれていることは確かだろう。

唯一私が過去に医者通いをしたのは、
もう10年以上前になるが、
初めてギックリ腰をやってしまった時のことだ。
子どもを保育園に送っていこうと、いつものように
子どもを抱え上げて自転車の前座席に乗せようとしたら、
子どもの足が自転車のハンドルに当たり、
バランスを崩して倒れそうになった。
とっさに子どもを落とさぬよう妙な姿勢で踏ん張った、
その瞬間、まさに腰から脳天に痛みが突き抜けた。
あまりの痛みに一瞬息ができないほどだった。
だがしかし母は強し。
いったいどうやって行ったのか覚えていないが
どうにかこうにか私は子どもを保育園に送り届け
職場と夫に連絡を入れ、その後は夫が帰ってくるまで
家で一人で倒れていた。

とにかくまずは安静が一番と言われたものの、
母業主婦業に休みはないのである。
最初の全く動けない時期から脱すると
ヒーヒー言いつつも腰をかばいながら
仕事も家事も周囲に助けてもらいつつなんとかこなした。

だがとにかく何をするにも痛みが付きまとう。
朝目が覚めて起き上がるのも、顔を洗うのも一苦労。
救いを求めて整形外科・整骨院・マッサージ・カイロ・鍼灸・・
藁をもつかむ思いであちこちに行きまくった。

その後、何が効いたのやら腰の痛みそのものは収まったが
坐骨神経痛が長く残ってしまい、これを解消するために
さらにあれやこれや、良いと言われるものを試しまくり、
最終的にはブックオフで偶然見つけた自力整体の本に救われた。
というのが私のギックリ腰克服の顛末。
その後何回か再発の憂き目に遭ったが、
自分で対処できるようになったので医者通いもそれっきりだ。

どうやら私は痛みに強い方らしく、
一人目の時に早期破水した時と同様に
まっすぐ歩けないほどの腰痛を抱えての医者通いも
常に一人で行っていた。
でも、行った先で施術を受けて、なんかちょっと良くなったかも?
と少し上向きな気持ちになるものの、
家に帰り着けばもとの木阿弥、ということもよくあった。
痛みがなかなか引かなかった頃、何をしても効かなくて
気持ちが鬱屈してしまいがちな日々が続いた。
結局そういう時に一番効いた痛み止めは、
家族や経験者の友人たちの優しい声がけや励ましだった。

どんなに孤独や痛みに強いつもりでいても、
一人では生きていけないのだなぁ、有り難いなぁと
素直に思ったものだった。

今日の絵本はその名も「いしゃがよい」である。
小さくて身体の弱いパンダの子を、献身的に育てるエンさん。
身寄りの無いパンダの子が、こんなにしょっちゅう
あちこち痛がってはエンさんに医者通いをさせたのは、
その背中に思い切り抱きついて、
我が身を想って自転車を漕ぐエンさんのやさしさを
体いっぱい感じたかったからではないだろうか。
そうしてエンさんの愛情をたっぷり受けて
大きく丈夫に育ったパンダの子だからこそ、
年老いて身体が弱り、きっと心細くもなっただろう
エンさんに、自分の背中で感謝を伝えたかったのだろう。
なんてことのないシンプルなお話だけれど、
私はなんだか読む度に目頭が熱くなってしまうのだ。


先日受けた今年の健康診断の結果は、まだ来ない。
今年もまた「異常なし」が並ぶ紙を無事受け取れるだろうか。
もし無事にそうなったとしても、やはり自分の歳を考えればきっと
なにかしらどこかしら数字に現れない僅かな変化で
身体に少しずつガタが来ていることは間違いないだろう。
それでなくても毎日不規則な生活かつ万年寝不足の私は
たとえ自分が元気なつもりでもある日突然倒れないとも限らない。
だからこそ、いつか自分の番が来るまでは、
与えられる側、ケアできる側の幸せを感じていたいものだ。

posted by えほんうるふ at 12:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 泣ける絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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