2015年07月23日

通学路の思い出

なつのいちにちなつのいちにち
はた こうしろう 作

偕成社 2004-07

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私は東京都府中市というところで生まれ育った。
地図を見れば、東西に細長い東京都の、ちょうど真ん中ぐらいの地域である。
沿線である私鉄京王線の終点が新宿で、
そこまで出るのに鈍行と特急を乗り継いで約30分。
その距離感はほとんど千葉とか埼玉とか、隣接県に住んでいる感覚に近い。
だから、生まれも育ちも東京です、などと言うと、
地方出身の人には実態とかけ離れたイメージを持たれてしまいそうで、
自己紹介の際など、訊かれてもいないのに、
「東京・・・の田舎です。」とか「西の方」とか「多摩地区」とか、
つい余計なくくりを付けてしまうのだった。

まして私が育った町は、今でも駅前にさして大きな建物もないような
のどかなところで、実家の周りには今も田畑が豊富にあり、
道端に野菜の無人販売所があったりする。

そんな町で育った私の夏の思い出と言えば、通学路だ。
小学校までの通学路は、子供の足で20分もあっただろうか。
その大部分は、田んぼの脇のあぜ道のようなところだった。
夏になると昼も夜もカエルが盛大に鳴いていた。
特に、他の音が静まる夜は、カエル達の大合唱ばかりが
ひときわ大きく辺りに響き渡って、煩いぐらいだった。

カエルはそのほとんどが小さくて綺麗な黄緑色のアマガエルで、
あまりにたくさんいるので、わざわざ捕まえる気にもならなかったが、
可愛いので登下校中に眺めるのが好きだった。
時々、もっと大きなヒキガエルに遭遇すると、
そのふてぶてしい佇まいにびっくりしたものだ。
なかなか姿を見せてくれないものの、
野太い声で不動の存在感を示すウシガエルの声を聞きつけると、
あわてて側溝を覗き込み、じーっと佇むこんもりしたシルエットを
見つけてにんまりしたりしていた。
他にも、キャベツ畑に分け入って青虫を集めたり、
果樹園の脇の生け垣でカナヘビを捕まえて両手に5〜6匹も
ぶらさげて帰り、母親に露骨に嫌な顔をされたりした。

同級生の女の子達の中には、そういったもの全てを忌み嫌い
キャーキャー言って近寄らない子もいたが、
私は手足がどろんこになるのも全然平気で、
むしろ汚れを気にしなきゃいけないようなお洒落な
可愛い服は着るのが面倒で、ほとんど着た記憶がない。
日焼けも虫刺されも擦り傷も、気にしたことはなかった。

そんな私だったのに、今はどうだろう。
足元が汚れるからと田んぼには近づかないし、
直射日光で湿疹が出るので日焼け止めや日傘が手放せない。
それでも炎天下に長くいると偏頭痛を起こす。
気がつけば情けないほど弱々しい大人になってしまった。

大人になる過程はあまりにも緩慢でゆるやかで、
無意識に選ぶ「心地よさ」や「うれしい・たのしい」が
少しずつ変化して、ついには子供の頃のそれとは
180度違ってしまっても、自分ではなかなか気が付かない。
だからだろうか、「なつのいちにち」という絵本を初めて手にした時、
突如あの頃の自分を思い出して、妙に胸がどきどきした。

何より胸にズキンと響いたのは、この絵本のどこまでも明るい
鮮やかな夏の日差しと色彩を際立たせている、真っ黒な影だった。
そうなのだ。あの頃の自分にとって、夏といえば
青い空白い雲以上に強烈に印象を残すのは、影の濃さだった。
真っ白な日向の明るさと真っ暗な日陰の陰影が、
そのクラクラするような鮮やかな対比こそが、
真夏の景色だった。
外出時にはサングラスをかけ、常に日陰から日陰へと
目を伏せて歩を進めるばかりの今の自分は、
その対比の妙を愉しむことをすっかり忘れていた。

それから、田んぼの脇に跪いたり、暗い側溝を覗きこんだり、
キャベツ畑にしゃがみこんだり、突然降りだした雨を仰いだり、
あの頃の自分は、めまぐるしく視点が変わる生活をしていた。
その、ダイナミックに視点が移り変わる瞬間の面白さが、
この絵本には余すところなく表現されていて、
これまたあの頃の自分のイキイキとした感受性が蘇るようで
読み進むほどに嬉しくなったのだった。


私が今住んでいるところは、JR山手線の内側なので、
まさに東京の中の東京といってもいいのかもしれない。
それでも意外なほどにこの近辺は緑が豊富で
夏には玄関先にコクワガタやバッタが飛んできたり
近所の空き地には野生の狸が家族で棲み着いていたりする。
すぐ近くの公園には、蛇も蛙もヤモリもカナヘビもいる。
それらと戯れながら育った我が家の子ども達が、
その鮮やかで色彩豊かな夏の情景を、
子どもならではのみずみずしい感性で享受した思い出を、
大人になっても記憶に留めてくれますようにと
願わずにはいられない。



posted by えほんうるふ at 08:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 嬉しくなる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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