2013年11月25日

あなたのしろねこになりたい

しろねこくろねこ (絵本単品)しろねこ くろねこ
きくち ちき

学研教育出版 2012-01-31
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絵本としてこの世に出る出版物の多くは、子どもを読者として想定されているはずだが、
時にそこに描かれている人間関係はどきりとするほど大人びていて、
実際にそれに近い関係や状況を経験したことのある、元・子どもがうっかり読んでしまうと、
心に思いがけず大きな波紋を残すことがある。
例えば、世に無数にある、仲良しの「ともだち」としてつがいの動物が登場する絵本。
幼い子ども達がこれらの物語に触れた場合、家族以外の親密な関係として大好きな友達を
思い浮かべるのが普通なのだろうが、それこそ散々酸いも甘いも噛み分けた大人が読めば、
そのまま生々しい恋愛ものに読めてしまうような、濃密な関係が描かれている場合も、ある。
私はそういった、同じ絵本でも年を追って読み返すごとに違う味わいを醸し出す、
或いはどんどん味わい深くなっていくような作品が大好物なのだが、最近また一つ、
そんな経年熟成を長く愉しめそうな逸品に出逢うことが出来た。
それが今日の絵本、きくちちきさんの「しろねこ くろねこ」である。


白い毛のしろねこ、黒い毛のくろねこ。
対照的な二匹のねこは仲良しで、いつも一緒。
でも、その毛の色が象徴するように、
どこへ行っても当たり前に賞賛され可愛がられるしろねこは日向の存在で、
どこへ行っても平然と侮辱され時に見過ごされてしまうくろねこは日陰の存在。
それでも二匹はそれぞれ自分に無いものをもつ相手に惹かれ、常に寄り添っていた。
共に敵と戦って血塗れになってもなお幸せそうな二匹の姿に思い知らされる、
二匹の絆の深さ、その愛の強さ。
それでも、その宿命的な陰陽の違いを思い知らせるように世間の目は残酷で、
傷ついたくろねこは、いつしか走り出す。

はしっていました
そして しらないみちを あるきつづけました


当て所なく、ただただ自分の背負っているものから逃げ出すように、
ひとりで疾走していくくろねこの姿は、私の心にグサグサと突き刺さった。
そして、そんなくろねこのあとを、ただゆっくりと静かについていくしろねこの姿も。

このわずか4頁の見開きをめくる度に、私はどれほど涙を流したことだろう。

やがて二人が辿り着くのは、静かで、どこまでも広がる色彩の海。
そのどこまでもやさしく、美しい済いの海に抱かれ、ようやくくろねこは気づく。
しろねこが、自分にしかないものにこそ、価値を見いだしていることを。
そして自分も、しろねこにないものを持っている自分に胸を張ればいいことを。

どんなに幸せでも、その幸せに本人が気づかないほど不幸なことはない。けれど、

ぼくは くろねこ


改めてそう呟いたくろねこのことばには、それまでとは違う誇らしさがこもっている。
ここで私は再び、泣きたいほど嬉しく、くろねこを抱きしめたい気持ちになる。
よかったね、くろねこ。本当によかったよかった。


しろねこと くろねこが いました
しろねこは くろねこが すきでした
くろねこは しろねこが すきでした
2ひきは いつも いっしょに いました


再び、登場シーンと全く同じように描かれる、寄り添って過ごす二人の姿。
無造作と言っていいほどラフなタッチで、それぞれの表情さえ分からないのに、
そこにはもはや、不安な光はない。
小さな気づきと共に大きな幸せを得た二人の、迷いなく堂々とした後ろ姿は、
それを見つめる読者までを包み込むあたたかさに満ちているのだった。


というわけで、
せっかくこんなにも素晴らしい経年熟成を愉しめそうな作品に出逢えたのに、
昨年度発行されたばかりで私の子ども時代にはまだ無かった作品故に、
このドラマの幼い自分の無垢な心ならではの純粋な(であろう)感想を
知り得ないのが非常に残念である。
そして、既に人生の裏も表もうんざりするほど経験値を重ねてしまった今の私には
このしろねことくろねこの関係が、どうしても単なる親友ではなく
赤い糸で結ばれた男女(いや別に男男でも女女でもアリだとは思うが)、
というか、とにかく運命的な恋愛を描いたものに見えてしまうのである。
そのせいか、この文章を書いていても、いつの間にやら二匹が二人と言い換わり、
完全に人のそれとしてこの関係を捉えては遠い目になりがちな自分がいて、
我ながら思い込みの強さに笑ってしまう。

そもそも私は「友達」には、自分の内面について、ここまでの深い理解を
期待してはいけないと思ってきた節がある。
確かに、お互いの痛みやコンプレックスを分かち合うことが絆を深めるのは確かだが、
重すぎる荷を負わせたが為に、相手を遠ざけたり逆に過剰に干渉されて辟易したり、
とにかく後味の悪い結果になってしまうことは、往々にしてある。
もともと友達の少ない私には、そんなリスクは冒せなかったのである(涙)。

ならばさらに貴重な存在である恋人なら、なおさらリスク回避すべきとも言えるが、
私の場合は逆に、恋人だからこそ、そこは避けてはならぬと思って来たのである。
荷が重いと逃げ出すようならその程度と逆に潔く諦めがつくというか、
むしろそこで相手の真価を質すべし、と私の本能が囁いてきたからだ。
まさに当たって砕けろ型恋愛。ええ、たくさん粉々にして来ましたとも。
ちなみに今のところ、最長耐久記録は20年で現在もレコード更新中である。
とは言え、さすがにだいぶヒビがはいっているらしく、どこまで持つことやら・・・。


ところで先日、茅野で書店を営む友人の高村志保さんのお店で、素敵なイベントが催された。
それは、この「しろねこくろねこ」の作者であるきくちちきさんのライブペインティングを、
シタール奏者井上憲司さんの生演奏を聴きながら楽しめる!
という、何とも贅沢な企画だった。
全く畑違いの世界でそれぞれ活躍中のアーティストのお二人が、この希有な縁で出会い、
そこで生み出された一期一会のハーモニーは、まさに視覚と聴覚に鮮やかに響くものだった。
私自身、何ヶ月も前から楽しみにしていたイベントで、東京からも多くの仲間が集い、
素晴らしく濃密であたたかい時間を過ごす事が出来た。
当日の詳細は、仲良しのツイッター仲間の皆さんがそれぞれに
素晴らしいレポートを既に公表してくれているので、どうぞご覧いただきたい。

@shiromachiさんのワタシノスキナコドモノ本より
 【イベント】きくちちきさんライブペインティング in 茅野 に行ってきました(その1)

@greenkakoさんのみどりの緑陰日記より
 「きくちちきさんライブペインティング@茅野」

*私も書いたよ!という方、是非ご一報ください。追記させて頂きます。

まさに芸術作品が生まれる作品に立ち会うという、非常に貴重で刺激的な体験が
できるイベントだったのだが、そこで私が感じたのは興奮や熱狂的な感動というより
しみじみとこの場にいられる幸せ、のようなものだった。
その理由の一つは、この日私たちに惜しげも無くその貴重な時間を提供して下さった
お二人の芸術家が、もしそのお仕事を知らなかったとしても友達になりたいような、
人としての魅力にあふれる素敵なキャラクターの持ち主であったからかもしれない。
そして、そんな面までも感じられるようなアットホームなイベントを企画してくださった、
今井書店の高村店長には、ただただ感謝である。
素晴らしい作品と素晴らしい人々とに出逢う、素晴らしい時間。
人生、たまにはこういうご褒美がなくっちゃね、としみじみうれしく思った日であった。


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posted by えほんうるふ at 06:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 泣ける絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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