2013年08月26日

自分だけの音色

ルラルさんのバイオリン (いとうひろしの本)ルラルさんのバイオリン (いとうひろしの本)
いとう ひろし

ポプラ社 2001-09

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世の中には人それぞれの趣味趣向に応じて様々なお稽古ごとが存在する。
幼児から老人まで、対象も幅広く豊富にある習い事の中から一つを選ぶ理由も様々だろう。
純粋にそれを学んでみたいから、という向学心と知的好奇心に溢れた人もいるだろうが、
限られた金と時間とを費やすことを思えば、普通はもっと下世話な理由が先にくるはずだ。
曰く、何が何でも我が子の才能をもれなく見いだし最大限引き延ばしたいとか。
何が何でも金儲けに繋げて爪に火を灯すような困窮生活から逃れたいとか。
何が何でも一芸を身につけて孤独な将来に備えたいとか。
そういった切羽詰まった事情で必死な皆さんを除けば、
全ての人が目の色変えて習い事に走るその理由はただ一つ、モテたい!!

もとい、愛されたい。と言っておこう。
これに集約されると私は断言できる。
思えばこの私がこの春とある習い事を始めた理由も、まさにこの原則の通りだった。
雑誌やテレビで「美魔女」なんぞと呼ばれる見目麗しい熟女たちが大活躍する昨今、
私の身近にも折り返し地点を過ぎてなお人生を謳歌する魅力的な妙齢女性が少なからず居て、
自分にも何か新しいチャームポイントを付加して自信をつけたいと思ったのだ。
ただし、今さらお茶やお花で女子力をUPさせようにも、そもそもそういうガラではないし、
外見については自分の限界を知っているだけに、やればやるほど悪あがきに思えてしまう。
というわけで、同世代のお仲間が着物だ料理だアロマだと華やかに盛り上がる中、
私が目を付けたのは何故か、ボイストレーニングだった。

思い立ったらすぐに動かずにはいられない堪え性のない私は、
すぐさまググって近所に小さなボイトレ教室を見つけ、早速体験レッスンに申し込んだ。
そして、その申込みのメールに
「今さら美魔女は無理なので、せめて「声の美魔女」を目指してみたいのですが…」
と書いたところ、この唐突かつ身の程知らずな問い合わせをいたく面白がって、
喜んでお手伝いしましょうと歓迎してくれたのがI先生だった。
この奇特なボイストレイナー氏の指導のもと、週1回のレッスンに通って早や半年。
当初の期待以上に、いや大袈裟に言えば、人生変わったと思うぐらいの収穫があった。

収穫その1:声を出すことに自信がついた
幼い頃から自分の声は「通らない声」だと思えてコンプレックスの一つだったのだが、
発声からのトレーニングを重ねることで、声の出し方のコツが少しずつ分かってきた。
結果、多人数向けの発表や職場での読み聞かせ等にも、より落ち着いて臨めるようになった。

収穫その2:いつでもどこでも即ハッピーになれる秘訣を得た
とても歌えないと思っていた歌がなんとか歌えるようになり、レパートリーが広がった。
→カラオケだろうが鼻歌だろうが、とにかく歌ってりゃ幸せというお目出度い人になった。

収穫その3:上手くなるより大事なことに気付いた

これが何と言っても、今後の自分の人生においては一番の収穫かもしれない。
この半年、練習の為に色んな歌い手さんの色んな歌をひたすら聴きまくって気が付いたのは、
世の中のプロの歌手の中には、私が習ってきた基本の発声すら出来ていない方や、
声そのものが私の好みではないために、
どんな良い歌でも残念ながら自分には魅力が伝わらない方が少なからず存在すること。
でも逆にその声や歌い方こそを好き好んで聞き惚れる人もまた、少なくないこと。

要するに、人の歌声の魅力とはその上手い下手ではなく、
本人が自分の個性を受け入れ、それを存分に発揮できるか
にあり、そしてそれが輝くかどうかは、
その個性を受け入れ楽しんでくれる聴衆に恵まれるかどうか
にかかっている、のではないかと思う。

幸い、我が大人絵本会のメンバーには歌好きカラオケ好きが大勢いて、
しかも皆さん非常に心寛く、常にお互いがお互いにとって理想的な聴衆なのである。
お陰で、カラオケオフはいつも大盛り上がりである。
最初は、ボイトレ通ってるだなんて下手の横好きのカミングアウトそのものみたいで
気恥ずかしくて言えなかった私も、今や発表会に仲間を呼ぶほどの開き直りっぷり。
ここまでくれば、もう怖いモノ無しだ。


というところで、ようやく今日の絵本の紹介である。
嗚呼今日も枕が長かった。作品名は、「ルラルさんのバイオリン」である。

お父さんの形見のバイオリンを大切にしているルラルさん。
でも彼は、幼い頃に父親が教えてくれたバイオリンを、滅多に弾こうとしない。
なぜなら、彼は父のように上手く奏でられない自分を恥じていたから。
ギコギコキーキーと、おしりがむずむずするようなその音を恥ずかしく思っていたから。

でもある日、手入れの為にこっそり手にした大切なバイオリンをねこに見つかって、
熱心に乞われてしぶしぶ弾いてみせた。
やっぱり上手に弾けなくて、すぐに演奏をやめてしまった彼のもとへ、わにが来て言った。

「どうして やめちゃうんだい。」と わにが ききます。
「だって、おしりが むずむずするだろ?」

「そこが いいんじゃないか。 むずむず むずむず。
からだじゅうの たのしいきもちが ぜーんぶ おしりに あつまって、
おしりが かってに わらいだすみたいだよ。
こんな おかしなおと めったに きけないぜ。」


思いがけないわにの言葉に、勇気をもらったルラルさんは、
もう少しだけ、バイオリンを弾いてみることにした。
おそるおそる、ギコギコキーキーとバイオリンを奏でるルラルさん。
でも彼は、そんな自分が奏でる、おしりがむずむずするその音を、
どうぶつたちが全身で楽しんで耳を傾けてくれることに気が付くのだった。
そして、大切な父からの言葉のプレゼントをも思い出す。

そういえば、 むかし おとうさんも いってくれました。
なかなか おもしろいおとだよって。


やがて、とうとうルラルさんも、
彼ならでは音色、素敵におしりがむずむずするその音を、自ら愛せるようになる。
自分だけの音色を堂々と皆に聴かせながら、一緒に心からそれを楽しむようになるのだった。


見たところ、ルラルさんはもう若くない。というかオッサンである。
小さなコンプレックスを抱えたまま大人になってしまったルラルさんが、
ひょんなきっかけで自分自身の個性を受け入れ、
そしてみんなに愛されてちょっと幸せになる。
何度読んでも嬉しくて微笑ましくて、ついにまにましてしまう絵本だ。

かのマズローさんも言っているではないか。
生理的欲求、安全の欲求が満たされた人が次に求めるものは、愛。
衣食満ち足りた日本人は誰もが皆、愛されたくて必死なのだ。
オシャレだからカッコイイから強くなりたいから可愛くなりたいからと、
照れ隠しに薄っぺらい言葉を使いながらせっせと習い事に勤しむ私たち。
そこに見え隠れする愛され欲求の切実さを思えば、
いい歳してもなお諦めず努力せずにはいられないいじらしいオトナたちが
なんだか急に可愛く思えてくるというものだ。


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posted by えほんうるふ at 23:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 嬉しくなる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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