2013年06月18日

父の記憶

うさこちゃんとうみ (1才からのうさこちゃんの絵本セット1) (子どもがはじめてであう絵本)うさこちゃんとうみ (1才からのうさこちゃんの絵本セット1) (子どもがはじめてであう絵本)
ディック ブルーナ

福音館書店 2000-12-01

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

誠に残念なことに、私は父親に娘として可愛がられた記憶が無い。
いや、父親がいなかったわけではない。ちなみに今でも健在である。
自宅で商売をしていたので、仕事で不在がちだったというわけでもない。
ただ、たまたまその人に、血を分けた我が子を特別に愛でるという発想がなかっただけだ。

なにしろ、父との思い出で一番古い記憶と言えば、こんなものだ。

小学校3年生ぐらいの頃だろうか、
電車で二駅ほど離れた行きつけのジーンズショップへ行くという父親に
勝手にくっついて行き、久しぶりの一緒のお出かけだとはしゃいでいた私に、
父はこう宣った。

「おい、もっと離れて歩けよ。子持ちに見られるだろ!」

飲みの席での笑い話として今まで色々な人にこの話を披露してきたが
はなから作り話だと思われたり、真顔で同情されてしまったりと
笑えるネタとして受けとってもらえないことがあった。

そうか、それならばと私はさらに父とのエピソードを披露する。
それは他でもない、私の結婚式でのこと。
チャペルの入り口で並んでバージンロードを歩くため
二人で待機中だったまさにその時、父はウェディングドレス姿の私にこう囁いた。

「これでお互い、せいせいするな!」

父の性格をよく知っている私でも、さすがにこの時は
この期に及んで今ここでそれを娘に言うか?と呆れたが
その気持ちの陰で「これでまた一つネタができた」と苦笑していたのも確かである。

こんな父なので、当然ながら父の日に娘として心を尽くした記憶も無い。
園や小学校では季節になると否応なく「おとうさんのかお」なんて絵を描かされたものだが、
本人にそれを渡したところで、
「おっ、上手じゃん。やっぱモデルがいいからなー」なんて言ってニヤけて受け取るものの、
そのままどこかに放置して忘れてしまうような人だった。
まして、上記のエピソードを経験した後は、
父の日にプレゼントをもらうなんて、まさに子持ちアピールそのものだから、
喜ぶどころかむしろ迷惑がられるのが関の山だろうと割り切ってスルーするようになった。

それでも私は父のことが嫌いではなかった。
身近な大人の中でも、父はとにかく面白い人だったのである。
博識で好奇心旺盛で勉強家で遊び人で、万事においてエエカッコしいのお調子者だが、
決して悪人ではなく、むしろ頭にバカがつくほどのお人好しだった。
惜しむらくは「家庭を持つべきじゃなかった」という点で、
私は幼い頃から何度となく
「ああ、この人が私のお父さんじゃなかったら良かったのに・・」と思ったものだ。
(ちなみにそこを見抜けなかった母は、結婚当初から凄まじい苦労を重ね、
全く育児に関心のない夫に頼らず家業を支えながら4人の子を育て上げ、
晩年になってようやく離婚した。曰く、『せいせいした』そうである(笑))


そんなわけで(どんなわけだ)ようやく今日の本題に入る。
今日の絵本「うさこちゃんとうみ」は、うさこちゃんとその父ふわふわさんが、
ふたりで海へ出かけて楽しい時間を過ごしました、という、
父と幼い娘の心和む夏の一日を描いた作品である。

この作品で描かれている父親が幼い娘をそれこそ大事に大事に愛でる様は、
前述の通り殺伐とした親子関係だった私からするとまさにファンタジーの世界であり、
あまりにも自分が知る世界とかけ離れていて、感情移入のしようがないように見える。
ところがどうしてどうして、私はこの絵本を読む度になぜか父のことを思い出してしまう。


海までの道中、心優しい父親は幼い娘がくたびれないようにと荷車に乗せて引いて行く。
大きな砂丘を上ったり下ったり、いくらうさこが小さいとはいえ、
どう見てもあまりマッチョには見えないふわふわさんにとって、
恐らくそれはかなりの重労働だったに違いない。

だが、それがどうしたというのだ。
ようやく目的地に辿り着き、海岸のテントの前で車を降りた愛娘がひとこと言うには、

「ああ はやかった らくだった。
 とうさんは うまみたいに ちからもち」


ああ、なんと可愛い娘だろう。娘の言葉にふわふわさんの疲れは吹っ飛んだことだろう。
帰り道だって、砂丘の一つや二つや三つや四つ、余裕で越えてみせよう。

そしてうさこもまた、多分まだ幼すぎて気が付いていないだろうが、
こんな風に無邪気に父親を誇らしく思える幸せに浸っていたことだろう。

そうなのだ。
たとえ母からどんなにそのダメンズぶりを吹き込まれようと、
私が何だかんだいって父親を憎めずに来たのは、
常にフットワーク軽く、助けを求める人に手を貸すことを厭わなかった父が、
(それがかなり露骨に、見知らぬ美人>見知らぬその他大勢>家族という優先順位だった、
ということはひとまず置いておいて)
幼い私が人生で最初に出会った頼りになる男として記憶に刻まれているからに違いない。
そしてこの絵本は、私が父の子で幸せだったことを思い出させてくれるのである。

↓お気に召しましたら、クリックで更新励ましの一票を!!↓
人気ブログランキングへ にほんブログ村 本ブログ 絵本・児童書へ にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
posted by えほんうるふ at 19:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 嬉しくなる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック