2012年02月20日

ほんとうに母親はいいものかしら

手ぶくろを買いに (日本の童話名作選)手ぶくろを買いに (日本の童話名作選)
新美 南吉・作 黒井 健・絵

偕成社 1988-03

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ああ、もうタイトルで言い尽くしたようなものだが・・・。
実際、母親ってのは恐ろしいもんです。
自分でやってて思う。母ちゃん、マジこえぇー!!と。

なにしろ、「産んだ強み」というのは何者にも敵わない。
エライ人が言う、「子どもは親の所有物ではありません。個人として人格を認めましょう」
そんなのは当たり前だ。
でも、いくらそれを頭で理解したところで、母の子宮はちゃんと覚えているのだ。
産んだのはこの私だと。一時的とはいえ、子の生殺与奪を支配していたのは自分だと。

私自身がそのことをシビアに実感したのは10年ほど前、
詩人の伊藤比呂美氏のあるエッセイを読んだ時のことだ。
それはもともと「プチタンファン」という今は無き育児雑誌に連載されていたもので、
読者の「つい我が子を殺したくなる」という投稿に対し、彼女は自分もだと堂々と宣ったのだ。
目の前の可愛い我が子をあやしながら、(故意であれ過失であれ)
自分が殺した我が子の悲惨な死に様を具体的に何度も何度も想像しては、
「ひいぃ〜怖い怖い!!」とゾオーッとしながら我が子を抱きしめる・・
おぞましいことだが、私はその感覚が非常によく分かり、そのことに自分で衝撃を受けた。
母親としてまだまだ新米だった自分なりに信じていた「母性」というものが
根本から揺らいだような感覚に、頭を思い切り殴られたような気がしたものだ。

世間では、我が子のためなら一も二もなく我が身を投げ出すのが母というものと、
お涙頂戴の美しい「母の愛ストーリー」が繰り返し語られ、広く受け入れられてきたが、
その一方で、洋の東西を問わず昔から人々は子捨てや子殺しを扱った寓話を語り継いできた。
それこそ、親子をめぐる感情が美しいだけでなくいかに複雑で時に恐ろしいものか、
その愛情と憎しみに翻弄される喜びと苦しみの日々がいかに重いものか、
そして今も昔も変わらず人々が育児に悩み苦しんできた証であるように思える。


新美南吉の「手ぶくろを買いに」に出会ったのは、
恐らく小学生の時分に教科書等で読まされたのが最初だったと思うが、
ごく当たり前に母の愛を描いた美しい作品だという印象があった。
ところが、自分がいざ母親になって絵本で読み返してみると、何ともひっかかるのである。
ぶっちゃけ「どこが母の愛?!」とツッコミをいれたくなるのだ。

可愛い幼子の手が初めての雪で冷えては可哀想と手袋を買ってやることを思い立つくせに、
その目的達成のために自分ではなく我が子をシビアな身の危険にさらすという、
やってることが矛盾しまくりの母狐。
これは、前述した複雑な母性というもので説明できるのだろうか。何か違う気がする。

「・・人間ってほんとに怖いものなんだよ。」

としみじみ言いながら、そんな超危険なところへ幼い子どもだけで行かせるか普通?
これでは複雑どころか何も考えていないアホのようで同じ母親として情けない。
そもそも、母親がこんな風に単純に保身を選び我が子に犠牲を強いるとは思えない。
何しろ母性というやつは「子どもへの罪悪感」という急所を突くのがうまいのだから・・。


思うに、新美南吉がもし女性だったなら、むしろこんなふうに描かれたかもしれない。

過去の恐怖体験を思い出して怖じ気づく母狐。
そこへ健気な子狐が言う、
「大丈夫、ぼくが一人で行ってくるから、母ちゃんはここで待っててね!」

思いがけない我が子の申し出に悩む母狐。
でもこれも本人のため。良い勉強にもなるかもしれない…。
案ずるより産むが易し、可愛い子には旅をさせよって言うじゃないか・・。

悩みに悩んだ末、心配で心配でたまらないけれど、なんとか心を鬼にして送り出す。

ああ、ハラハラドキドキ。ああどうか神様あの子をお守り下さい・・

あ!帰ってきたあぁ!!
あああああよかったあぁぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!(号泣)



ほら、これなら母親の表向きの言動に矛盾がない。
たとえ本当は、怖くて自分では行けないので大人げなく保身に回ったのだとしても、
たとえ本当は、我が子にひとつ試練をと目論んだ鬼母の芝居だったとしても。
・・・ほんとうに母親はいいものかしら?


お気に召しましたら・・
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posted by えほんうるふ at 21:18 | Comment(5) | TrackBack(0) | 切ない絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 生き物の中には、生まれてすぐ子どもが自立できる種族と、出来ない種族とが居ます。前者はそれなりに育ってから卵や胎内から出てきますし、後者は比較的未熟な状態で誕生します。人間は後者ですね。
 未熟で生まれるからこそ世話が必要。そしてこの世話は、社会的な動物であるほど、群れで行う=一人に押し付けない。

 母性というコトバを聞くたびに感じるのが、「父性」というコトバとの知名度・日常での使用度の違い。それはおそらく社会的に求められてきたジェンダーなのではないかな、と。古い社会が、社会のあり方を決定していた人々の都合よさを理由に作ったルール。弱者に押し付けているだけの非情な。
 だいたい産むために体力を相当削いでる状態の母親に、さらにその後のケアを全部押し付けるっておかしいんじゃないの? と素直に思うわけですよ。風邪引いているのに、健康な家族の夕飯作る母(妻)の話を聞いて、当事者(母・妻以外のその家族)は、おかしいと思わないのか、と。
 子どもが可愛いのなんて、母親だけじゃないでしょ? 父親だって、祖父母だって、叔父や叔母だって、それどころか両親の友人や近所の人たちだって。なのに子どもに何かあったら母親だけのせいってのは少し納得がいかない。
 そりゃ一番近くに居ますよ。ええ。でも例えば、仕事に置き換えてみましょう。自分の抱えている複数本のプロジェクト。そのどれもをちゃんとこなすことを依頼されているのに、手がかかる新人の部下をつけられた。そいつの世話していたらプロジェクトが遅延して文句を言われる。プロジェクトをちゃんとまわせていたのは、手がかかるやつがいなかったから。これ、仕事なら上司に言ってプロジェクトを減らすか、部下を外すかしてもらいたくなりますよね。
 そりゃ、出来る人も世の中にはいますよ。でも、全員が出来る人じゃないのは、会社の中でいろんな人たち見てたら分かると思いますけれどね。

 母親がその子に殺意を抱く瞬間があるとしたら、それは母自身の責任というよりは、その母をとりまく周囲の環境の責任のほうが大きいと思うのですよね。
 役割にこだわる人は、そもそもその「役割」の定義が間違っていることを考えようとしない印象もあったり。

 何が言いたいかと言うと、母親が子に殺意を抱いたら、それは母親が「悪」なのではなく、母親にそういう感情を抱かせた環境(主に父親)側のケアが足りないんじゃないかっていう。


……とまあ、子どもは居ない男の感想ですがw
Posted by パンダ番長 at 2012年02月25日 13:01
>パンダ番長さん

ようこそオトナノトモへ。
多分、これまで頂いたコメントの最長記録だと思います。さすがパンダ番長さん(^^;)

おっしゃっているのは、若い母親が我が子を虐待死させてしまうようなケースですよね。
実際に犯罪に至ってしまう場合の原因の想定としては私も同様な思いがします。
世間がそのように見てくれることは希なようですが・・。

でも、伊藤比呂美さんや私が感じた感情は多分環境とは全く関係ないです。
むしろ夫や周囲が超協力的で素晴らしく育児環境に恵まれているのにも関わらず、そして食べちゃいたいほどに我が子を愛しているにもかかわらず、そんな妄想をしてしまうところに母親というイキモノの恐ろしさを感じます。
伊藤比呂美さんはそこらへんのアンビバレントな感情をエッセイで綴っておられるのですが、凄まじいですよ、ホント(笑)
そしてそれを読んで「こ、こわ〜!」と思いつつ、「あるあるある〜!」と共感してしまう母親は私だけではないと思います(汗)




Posted by えほんうるふ at 2012年02月26日 08:15
えほんうるふさん、こんにちわ。
相変わらず鋭い切れ味で頼もしい限りです。
私もこのキツネのお母さんの行動は矛盾しているように思います。このお話読んでなんだかしっくりこない所があったんですが、やっとわかりました。我が子を敵地に送り込むのは、むしろ父親の感覚ですね。
私は残念ながら我が子を手にかけたいという衝動には駆られたことはないのですが、震災か何かが起きたら子どもほったらかして自分だけ逃げ延びるような気がしてならないです。
本当に母性本能に溢れている人もいるでしょうが、母性って結構神話に近いものなんじゃないかな。
コメント書かれてるパンダ?さんって、てっきり女性かと思ったら男性なんですね。こんな男性もいるんだと軽い驚きです。
Posted by ぴぐもん at 2012年05月09日 18:58
>ぴぐもんさん

ご無沙汰しております。
旧友に会えたようで何かとても嬉しいです^^

確かに、母性として世間一般で語られている内容は神話というか、誰かにとって都合の良い妄想のような気がします。
むしろ、実はかなりシビアな業のようなものこそが母という生き物の性なのでは、という気がしてならない・・
気がつけばそんな歳になりました(^^;)


Posted by えほんうるふ at 2012年05月11日 00:36
この本、持ってます。義両親から子どもたち(どちらかへの誕生日)へのプレゼントでした。

殺意は持ったことは無いけれど、子どもたちの死をイメージしたことも無いです。
考えたこともない、っていうのは、お気楽なんでしょうね。

何だろう、いつもと変わらないでいるはず、と思い込んでいるのかな。
順調に今まで来ているから考えなかったのかな。

考えもつかなかったな〜。
Posted by きーちゃん at 2012年05月29日 04:23
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