2011年05月01日

言ったもん負け

きはなんにもいわないの (学研おはなし絵本)きは なんにも いわないの (学研おはなし絵本)
片山 健

学習研究社 2005-09

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今からちょうど2年前、息子が小学2年生にあがった頃のことだった。
3つ上の長女の低学年時代と比べて、どうしてこうもストレスフルな毎日なんだろう?!と思い悩んでいた私は、藁をも掴みたい気分で図書館の育児書コーナーを総ざらいしていた。
その中の一つ、平井信義氏の著書の中に、「無言の行」のすすめが載っていた。
なんのことはない、子どものやることに対し、手も口も出さずにひたすら見守るべし、という至極シンプルな教えである。
ああ、なんと美しく平和な解決法であろうか。
これだ!と思った私は、早速そこらのチラシの裏に一言大きく「行」と書き記し、リビングの目立つ所に貼って実践することにした。

ところが、これが恐ろしく難しかった。あれもこれも、言わずにはいられない。いざ言わないことを自分に課すと、日頃どれだけ自分が息子に対し朝から晩まで小言と指示ばかり言っていたのかを思い知った。
言いたい、言えない、言いたい、言わない、言いたい、言いたい、言いたい・・・・
ええい、これが言わずにいられるかー!
そんな調子で小言の回数が減った分、積もり積もっての大爆発が増えるという本末転倒な日々。
むしろ親子共にストレスが倍増したような気すらして、暗澹たる思いがした。

そんなある日、その驚異の偉業を軽やかに実践する親の姿が描かれていた絵本を見つけた。
それが今日の絵本「きは なんにも いわないの」である。
内容はもうタイトルそのまんまである。
ある日息子に「ねえ おとうさん きに なって。」と言われた父親は、木になってみせる。
木だから、息子が何を言おうと何をしようと、何にも言わずに立っている。
例え我が子が助けを求めても、ひたすら「きは なんにも いわないの。」
誰が来ても来なくても、犬におしっこかけられても、やっぱり「きは なんにも いわないの。」
清々しいほどに、ひたすら無言、ひたすら受け身。
しかしそこにはあの「無言の行」のような焦燥感は微塵も感じられない。
木は終始穏やかな表情を浮かべたまま、のんびりと腕を広げてただ立っている。
そんな木を子どもは愛し、信頼し、支えとしながら経験を積んで前へ進んでいく。

私がこの絵本を初めて読んだのが、息子への「無言の行」に苦戦している真っ最中だったというのは、偶然にしては出来過ぎな出会いだろうか。(こういうことが時々あるせいで、私は自分と絵本との特別な関係をつい妄想してしまうのだ。)
一読して唸り、はぁ・・とため息。そしてもう一度、またもう一度と読み返した。

ああ、私もこんな木になれたら、どんなにいいだろう。
今のこの我慢大会のような親子関係も、どんなにか平和になることだろう。
分かっちゃいるけど、多分今の私には、ほぼ無理。
親がそこまで成長する前に、子どもの方が親離れしてしまうような気さえする。

ただ、これはやはりお父さんの絵本だよなーと思ったりもした。
同じ木でも、父親スタンスと母親スタンスではその在りようが大違いだ。
母親目線の木の代表格が、かの有名なシルヴァスタインの「おおきな木」に出てくる「ひたすら与えまくる木」だ、と言えばその違いが分かりやすい。

そういえば夫は、私が突然壁に「行」と張り出して、息子相手に意地の張り合いをしているのを見て「なんだかなー、俺なんかいつも普通にそんな感じだけどね」と笑っていたっけ。
何となくその余裕っぷりにイラっと来たが認めざるを得なかった。
だがしかーし!我が夫の場合は平井先生のように崇高な思想のもとにそれを実践しているワケではなく、単純にそこまで気が回らない、気がつかない故に気にならない、というのが真相であることを、妻はちゃーんと知っている・・・。

さて、あれから2年。息子と私は「無言の行」の実践でお互いに成長することができたか?!
答えはもちろん否である!
別に無言の行を諦めたわけではない。むしろできることなら、なにも言わずにすませたい。
それでも言わずにはいられないのがダンスィ育児のイバラの道。(涙)
たった2年で何が変わろうか・・・
まあいいさ、歩みは遅くとも少しずつ親も子も成長しているはずだ。
少なくともガミガミかーちゃんとニコニコとーちゃんがセットならバランスが良かろう。
何だか損な役回りを引き受けているような気がしないでもないが、多分気のせいだ。


お気に召しましたら・・
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【オトナが地団駄を踏む絵本の過去ログ】
posted by えほんうるふ at 01:32 | Comment(8) | TrackBack(0) | オトナが地団駄を踏む絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ひらめ先生の本、私も昔読んだな〜。
我が家(元)は母親が二人いるような小うるささだったな。
今は離れたけど、やっぱり娘に会うと自分の小うるささを感じるね。
小うるささは母親の特権よ。(笑)
お小言の多い環境(職場)への適応がよくなる練習?にもなるし。ね!
おっと、自己弁護♪
Posted by ☆かめちゃん☆ at 2011年05月01日 07:00
こんにちは。
あ〜言ったもん負け・・・正に。
我が家は二人のダンスィもさることながら、
お年頃のムスメと格闘の日々。
私は「なんにもいわない」木にもなれなければ、与えまくる木にもなれませぬ。
どなたか「小うるさい木」の美徳を説いた絵本を描いてもらえないかしら・・・
Posted by linda at 2011年05月01日 08:56
はじめまして。ブロク拝読いたしました。深くて味わいある紹介に感銘。何も言わずにはいられなくなりました。
Posted by mintjam at 2011年05月02日 12:47
>かめちゃん

母親の特権かぁ。
あんまり嬉しくない特権は放棄して、誰か代わりに小うるさい係やってくれないかなぁ。
うちにもう一人いる大人には望めないし・・
というか、そこのお前もだー!って叫びたくなることの方が多い(^^;)

Posted by えほんうるふ at 2011年05月04日 10:44
>lindaさん

そうそう、どっちかになれたら楽なんでしょうけど、なろうと思ってなれるもんじゃないんだろうな・・。
どうやら私も同じく「小うるさい木」として生まれついてしまったようです。トホホ。


Posted by えほんうるふ at 2011年05月04日 10:46
>mintjamさん

うまい!^^ 座布団どうぞ!!
あ、良かったらお茶も( ・∀・)っ旦
狭苦しいところですが、ゆっくりしてって下さいねー。

Posted by えほんうるふ at 2011年05月04日 10:49
かの「おおきな木」でボロクソ書評を書いた篠田です。

今回の絵本も見る前から、多分怒りが沸く内容だなと(笑)。
「おおきな木」もそうでしたが、このなんにも言わない木は「親の理想像」なんでしょうね。

ただ、親も人間。キャラもある。
キャラを一方的に押さえつければ、
反動は益々デカイものに・・・。
(私のエニア感でもありますが)

どうせ人間一人で生きてはいけないんです。
死ぬまで人間関係はつきまとう。
ならば、いろんなキャラを子供の内に知っとくのが吉だと思うのですよ。
Posted by 篠田工治 at 2011年05月06日 08:57
>篠田さん

わざわざお越し頂きありがとうございます^^

でも、意外なコメント内容にちょっと驚きました。
怒りが沸きますか・・・
私は普段が怒りまくりなせいか、この絵本を読むと深呼吸をしたような気になって、かえって気持ちが落ち着きます。

「おおきな木」は我がブログでも過去にとりあげて大変な物議をかもした問題作(?)ですが、篠田さんのボロクソ書評というのも気になります。
ブログにあるのかな?後で探して読んでみます^^

Posted by えほんうるふ at 2011年05月06日 22:55
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