2010年12月13日

聖なるお告げ

ゆきのまちかどに (ポプラせかいの絵本)ゆきのまちかどに (ポプラせかいの絵本)
ケイト・ディカミロ作 バグラム・イバトーリーン絵

ポプラ社 2008-10
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今年も残すところあと半月余り。このシーズンの旬と言えばもちろんクリスマスの絵本なのだが、考えてみれば今までこのブログでこの季節にクリスマス絵本を取り上げたことが無かった。
その記念すべきオトナ読みクリスマス絵本第一号に、我ながら意外な一冊を選ぶことになった。
何故なら、その絵本との出会いこそがその後の私の一年の活動を方向付け、今や私のライフワークとも言えるツイッター上での絵本の読書会&交流会「大人絵本会」発足のきっかけとなったからである。

街灯を反射して金色に輝く雪が舞い散る街角が描かれた印象的な表紙。私はこの絵本「ゆきのまちかどに」の存在を今年の2月末まで知らずにいた。
たまたまご近所の友人に誘われたとある講演会でこの絵本が紹介されたとき、私が感銘を受けたのはこの作品そのものの内容よりも、作品について多角的に自由に論じるというその手法であった。
その講演会、国立教育政策研究所総括研究官の有元秀文氏による「国際型の読解力が育つブッククラブ入門」に参加した時のこと、そしてその経験が「大人絵本会」のスタートに繋がった経緯については、こちらの過去記事にて既に書かせていただいた。
ちなみに私が大人絵本会のハッシュタグで使用している #ehonbc_##の"bc"とは、この時教えていただいた「ブッククラブ」の略であり、ささやかながら有元先生への敬意と感謝をこめてつけさせていただいたものである。

有元先生はその後も精力的に「PISA型読解力」を育てる「ブッククラブ」の研究を重ねておられ、大変ありがたいことにホームページでその研究内容を広く公開なさっている。
私のように専門知識のない人間にも分かりやすく興味深い論文が豊富にあり、読み始めると止まらない面白さである。
お時間のある方は是非、下記の先生のオフィシャルサイトをご参照頂きたい。
国立教育政策研究所 教育課程研究センター 基礎研究部 有元秀文


というわけでようやく絵本の内容について。

小綺麗な衣服や血色のよい滑らかな頬が不自由のない生活を伺わせるフランシスとは対照的に、凍てつく雪の街角に貧しい身なりで佇むオルガン弾き。その姿には確かに深い哀愁が漂ってはいるが、貧しさ故の卑しさや攻撃性は微塵も感じられない。
恐らく彼は、貧しいなりに出来る限り身だしなみを整え、他人を不快にさせないだけの礼節を弁えた人間なのだろう。ちょうどそれは、都心の街頭で見かけるビッグイシュー販売員の、明らかに他のホームレスとは異なる「意志」と「人格」を感じる佇まいを思い起こさせる。
かたや我が家の近所の公園に常駐し、昼夜問わず酒盛りをしているホームレスの方々の、自暴自棄を絵に描いたような姿を思い浮かべると、彼らが社会的に同じカテゴリーと見做されている理不尽さを感じずにはいられない。
同じように貧しく恵まれない境遇であっても、彼らが認識している「自分の人生」や、目に映る街の景色は全く違うものなのではないだろうか。

私は決して裕福とは言えない家に生まれ育ったが、空腹を耐え忍んだことも汚れた服を着続ける羽目になったこともなく、要するにこれまでの人生で本当に生活に困った経験がない。
そんな経験値の低い自分が偉そうなことは何も言えないのだが、私は人の品格とはその人の経済的境遇が決定づけるものではないと信じている。
絵本の読み過ぎだろうか。
少なくとも、「生活に困窮したときにこそ、その人の真の品性が現れる」という考えには同意してもらえるのではないだろうか。
もちろん私はそうなったときの自分の人間性にはとんと自信がないが、そう思って改めてこの絵本を見直してみると、このオルガン弾きの老人が急に神々しく見えてくるから不思議だ。

しかも、私たち瞳の濁った大人はあっけなくその人の外見や置かれている境遇に惑わされてしまうが、子どもの澄んだ瞳はその下の心の有り様をまっすぐに見抜けるのかも知れない。
だから、フランシスは迷わず老人に手をさしのべた。そして老人はそれを受け入れた。

私が驚くと同時に感動したのは、老人が教会に入ってくるシーンの絵だ。
まるで王様のようにしっかりと顎をあげ、威厳すら感じさせる堂々とした姿勢。背後から柔らかい光が差し、彼の登場がまさにこの場に福音をもたらしたことを予感させる。
この彼の姿を見たフランシスはどんなに嬉しく感動したことだろう。自分の直感が当たったことが証明されたのだ。彼女はまさに自分が天使になったような気がしたのではないだろうか。
そして天使フランシスは誇らしげに宣言する。

「うれしい おしらせです。
よろこびを おとどけします!」



さて、ここで話は最初の有元秀文先生のブッククラブ入門での解説に戻る。
先生は講演会で、読書会における参加者一人一人のbackground knowledgeの重要性を説かれていた。この絵本のように、キリストの降誕劇の内容が読者の共通認識とされている場合、まさにその知識があるかないかで作品の味わいが全く違うものになることが実感でき、このテーマの例題として素晴らしい作品なのがよく分かる。

カソリック系の幼稚園や学校に通っていた人ならお馴染みであろう、クリスマスの聖劇。イエスキリストの誕生を描いたこの劇で、一番注目を集める役どころと言えば、この絵本でフランシスが演じている大天使ガブリエルであろう。聖母マリアに受胎告知をする為に現れる大天使ガブリエルは、神の使いとして誰よりも美しく立派な出で立ちで、登場シーンもいちいち華々しいので幼稚園などでは主役級の扱いとして憧れられているのが普通だ。
つまり、例のクライマックスシーンでフランシスが宣言する喜びの言葉は、そのまま劇中での大天使ガブリエルの決め台詞なのである。
これを知っていればこそ、心から役柄になりきったフランシスの喜びと感動が伝わるのだ。

私はたまたま子どもが教会付属の幼稚園に通っていたので降誕劇の内容はよく知っていたが、自分自身はクリスチャンではないので、そんな機会がなければ特に説明のないこの絵本の一頁がまさしくキリストの受胎告知シーンを重ね合わせていることなど知る由もなかったであろう。

もしかしたら、フランシスが自分の思いつきの成功に興奮したあまり、シナリオにないアドリブを口にして全く違う結末にしてしまった、と観る読者もいるかも知れない。
或いは全く別の宗教観から、全然違う見方をする人もいるかも知れない。
それが悪いということではなく、全ての人が同じ知識をベースに世界を見ているわけではないことを知ることが大切なのだと私は思う。それこそが、異なるbackground knowledgeを持った人間が共に一つのテーマを語り合う読書会の何よりの意義ではないだろうか。
そのことに気付かせてくださった有元先生と、この講演会へのご縁をつないでくれた友人と、その後私が始めた一風変わった読書会に賛同して下さる皆様には本当に感謝している。拙ブログの一記事の文末という辺鄙な場所からでたいへん恐縮だが、皆様に心から御礼申し上げます。

ちなみに私個人に限って言えば、この大天使フランシスの言葉は、まさしくこの日、私の心の中に大人絵本会の芽が誕生したことのお告げだったのかも知れない。
なんとも凄まじく感慨深く、ありがたい事である。
これを読んで下さった皆様にも、いつか絵本を通じて素晴らしい福音が訪れますように。
Merry Christmas!!


お気に召しましたら・・
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posted by えほんうるふ at 10:25 | Comment(2) | TrackBack(0) | 嬉しくなる絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは♪

昨日は大人絵本会、想像以上に盛り上がり、私が気がつかなかったことも、またいろいろな視点から気付かされて楽しかったですね。

こちらのブログを読んで有元先生の国際型読解力を育てるブッククラブにも興味を持ちましたが、そこでこの絵本がどのように読み解かれたのかも気になります。

それはともかく一人で読んでいた時は、この貧しいオルガン弾きの老人の品格というところには目がいかなかったのですが、このブログや大人絵本会での呟きを追っているうちに、この老人の姿のうちにキリストの到来と、実は救世主として神が送り出した御子イエスも、当時のユダヤ人には貧しい隣人でしかなく、いずれ十字架刑に処せられてしまうのですが、その辺りも象徴的に表現されているんだなぁと気づきました。

「神の国に入れるものは幼子のような者」
純真無垢に人を受け入れる素直さが、信仰に求められているのですが、その信仰心を象徴する者が少女フランシスなんですね。

今の時代、アメリカでも宗教は力を失いつつある中、また世界中が自己の利益を追求ばかりを最優先にして、大事なことを忘れがちな中で、フランシスの曇りなき目を通して、私たちに大事なものがあることを伝えてくれているのですね。

この絵本は、大人絵本会で取り上げられなかったら読まなかったものだけに、出会わせていただいて感謝しています。

とても深く心に残る一冊になりました。
Posted by みどり(kako) at 2010年12月14日 14:45
>みどり(kako)さん

私にとっても、この希有な出会いがなければおそらく手に取らなかったタイプの絵本でした。
この絵本を大人絵本会のお題に挙げる=個々の宗教観を公の場で語る、ということには少し不安もありましたが、絵本を介在させることで、こんなに穏やかに語り合えるものだと知って、改めて嬉しくなりました。

有元先生の講演はとても興味深いものでした。もし機会があったら、是非一度お話を伺ってみては。きっと得る物はとても大きいと思います。
Posted by えほんうるふ at 2010年12月17日 16:13
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